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    <title>酒井信彦の日本ナショナリズム</title>
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    <title>国母問題再論　全く理解されない教育問題という本質</title>
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    <published>2010-03-07T13:43:51Z</published>
    <updated>2010-03-07T13:46:38Z</updated>

    <summary>　バンクーバー冬季オリンピックが、やっと終わった。競技以外で最も騒がれたのは、何...</summary>
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        <name>中の人</name>
        
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    <category term="冬季オリンピックユルユルネクタイ裾だしワイシャツズリ下げズボン腰パン朝日新聞" label="冬季オリンピック ユルユルネクタイ 裾だしワイシャツ ズリ下げズボン 腰パン 朝日新聞" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　バンクーバー冬季オリンピックが、やっと終わった。競技以外で最も騒がれたのは、何と言っても例の国母選手の服装問題である。これについては発生の初期に、「超ミニスカートが破壊する女子生徒の貞操観念」と題して一度採り上げたが、その後もこの問題を巡って騒動が続いたので、朝日新聞の報道を中心に、もう一度言及することにしたい。
        <![CDATA[<p>　朝日新聞がこの問題の根本的な背景にある、学校における服装規律を破壊した元凶であることは、前回指摘しておいた。その後の朝日新聞の報道振りは、基本的に国母擁護の路線で進み、それがさらに捻じ曲がっていったと言う事ができる。競技の行われる以前の２月１７日と１８日に、二日連続で投書欄である「声」で採り上げ、１７日は批判と擁護を両方出していたが、１８日は擁護のみになった。また１８日には、重病に罹った時に、同選手の援助を受けて直ったという、スノーボードの先輩選手の話を紹介して、「まるで犯罪者扱いだ。そんなやつじゃないのに」と言わせている。<br />　朝日の報道は次第にその本領を発揮してくる。８位になった競技後の１９日には、「これが国母流」と題して、「表彰台には届かなかった。でも、注目していた多くの人々に、スノーボードの迫力と魅力は伝えた」「口べたな若者は、バンクーバー五輪で自らのスタイルを貫き通した」と褒め上げる。そして同記事のコメントでは、コラムニストの辛酸なめ子が、「今の社会には悪い人、悪そうな人に制裁を加えてスカットしたい気分があるのではないか」と、社会の不健康さの問題に摩り替える。つまり単なる国母擁護から、国母批判を行う社会に対する批判・攻撃に転じていっている。<br />　この観点をより明確に打ち出したのが、同じ１９日に載った、西村欣也・編集委員による、「息苦しい『魔女狩り』」という記事である。一連の騒動は「騒ぎ過ぎではなかったか。まるで『魔女狩り』だった」と断定し、「国母のファッションや言動に、僕も確かに違和感を感じる。でも、それに対して寛容でありたいと思う。価値観の押しつけは息苦しさしか生み出さない」とする。<br />　３月になっても朝日はこの問題に熱心で、４日のオピニオン欄では、斉藤環という精科医が、変に難解な議論を展開している。まず「一連のメディアスクラムめいたバッシングは、かつてのイラク人質事件の騒ぎを彷彿させた」とあるから、すでに議論の方向は予想できる。この議論の中身は、こねくり回して極めて分かりにくいので省略する。<br />　実はこの問題については、初期のころの朝日新聞の投書欄「声」の議論が、擁護するにしても、批判するにしても、ずっと素直で分かり易かったのである。２月１８日の石埜穂高という５３歳のコピーライターによる、「国母選手はスノーボード文化代表」という投書には、「私は、彼の服装は、スノーボード選手として『正しく』『かっこいい』ものだと思います。なぜなら、スノーボードはヒップホップ・カルチァーから生まれたスポーツで、競技の中だけでなくライフスタイル全体として「ヒップ」であることが求められるものと考えるからです」とある。根本的なところで勘違いしているのだが、まことに単純素朴な国母擁護論である。<br />　批判した投書には、２月１７日の浅野晴香という仙台市の２２歳の学生による、「公私区別できる大人になって」がある。私が見た限りでは、この投書が朝日の投書ではあるが、今回の国母服装問題について述べられた、もっともまともな文章であると思う。女子学生は次のように言っている。「私は高校で『制服はきちんと着こなしている状態が一番美しい』と指導されたのを思い出した。当時はスカート丈やソックスなどの細かい規則に、たかが服装でそこまで厳しくする必要があるのか、先生の自己満足ではないのかと疑問だった。しかし今思えば、「美しく」着ること以外に、公私のけじめをつけることを教えられたのだろう。大学では私服だが、就職活動のスーツが乱れている人など見たことがない。大学生の自己（私）と社会人の卵としての自己（公）を区別できているのだ」<br />　この22歳の女子学生は、服装における公私の区別、あるいはTPOということを、はっきり理解できるようになっている。一方、５３歳になるコピーライターには、それが全く理解できない。ライフスタイル全体としてヒップを貫くなら、葬式の喪服でも、ユルユルネクタイ、裾だしワイシャツ、ズリ下げズボンの腰パンにしなければならなくなる。<br />　葬式ではさすがにそこまでは行っていないが、教育の現場ではすでにその段階にまで堕落している。国母擁護論で目立ったのは、そのような服装は学校でも当たり前になっているというものである。それは本末転倒の議論であって、学校の現実が完全に間違っているのである。仙台の女子学生が優れているのは、学校の制服との正しい関連性に気付いている点である。前稿で述べたように、これこそが国母問題が提起した最大もポイントである。しかしそれは現在のところ、全く理解されていないようだ。<br />　それにしても、朝日の報道態度は、まことに犯罪的である。まともな意見の存在を知りながら、それを無視して間違った方向に舵を切り、更には国母擁護から国母批判の批判に転じて、結局は朝日新聞のお家芸である日本バッシングに突き進むのである。朝日新聞の価値観の押し付けは、息苦しさどころか、とんでもない害毒を社会に生み出している。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。 ]]>
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    <title>捕鯨批判では誤魔化せないオーストラリアの巨大すぎる原罪</title>
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    <published>2010-02-28T03:26:24Z</published>
    <updated>2010-02-28T03:32:02Z</updated>

    <summary>　環境テロリスト、シーシェパードが日本の調査捕鯨を攻撃し続け、重大な被害まで出て...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="シーシェパードオーストラリアニュージーランドカンガルーアボリジニータスマニア原住民" label="シーシェパード オーストラリア ニュージーランド カンガルー アボリジニー タスマニア 原住民" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　環境テロリスト、シーシェパードが日本の調査捕鯨を攻撃し続け、重大な被害まで出ている。驚くべきことには、オーストラリアやニュージーランドが、その違法活動を実質的に支援するだけでなく、国際司法裁判所へ訴えるとまで言い出している。
        <![CDATA[<p>　これにはさすがに、オーストラリアの有力紙「オーストラリアン」が社説で、日本との関係を重視すべきだと、ラッド首相の姿勢を厳しく批判した。（2月23日、産経）また世界的な著名紙である「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」は、コラムでこれを採り上げ批難しているが、その論点がなかなか興味深い。それは鯨の命が大切だから、わずかな調査捕鯨もやってはいけないと主張するオーストラリア自身が、農作物や牧草を守るためと称して、一年間に３００万頭以上の野生のカンガルーを殺しているのだという。（2月25日、産経）オーストラリアの主張の、甚だしい矛盾・偽善を鋭く突いているわけである。<br />　これはカンガルーの命の話であるが、実はオーストラリアには、動物どころか人間の命を大量に奪ってきた、まことに「輝かしい」歴史があるのである。それは言うまでも無く、オーストラリアの原住民アボリジニーに対する、膨大な虐殺によって生み出された、巨大な原罪というべきものである。オーストラリアの歴史に関する、最も手軽な書物として、山川出版社の「新版・世界各国史」のシリーズの中の、「オセアニア史」（2000年8月発行）を見てみることにしよう。<br />　オーストラリア大陸は、他の地域と隔絶された世界であったために、カンガルーやコアラなど特異な動物が存在する。人間も同様にアボリジニーと呼ばれるようになった、かなり原始的な生活を営む人々が住んでいた。そこに１７８８年というから、世界史ではフランス革命の前年、日本史では松平定信の寛政の改革が開始された翌年に、イギリスによる移民が始まった。それはアボリジニーにとって、巨大な悲劇の始まりだった。<br />　「オセアニア史」の７９ページから８０ページにかけて、次のように記されている。なおこの本では、アボリジニーには差別的なニュアンスが強いとのことで、「アボリジナル」と表現している。<br />　「十九世紀のなかばまでに、タスマニア島の先住民はほぼ全滅し、ヴィクトリアとニューサウスウェールズのアボリジナルの人口は、一〇分の一以下になった。さらに、十九世紀の末には、アボリジナルは死にゆく人種のレッテルを貼られるようになる。入植が始まった当初、約五〇万から一〇〇万人いた人口は、一九二〇年ころには約七万人にまで減少した。しかし、先住民は滅亡しなかった。その後、人口は徐々に回復し、一九九六年には総人口の約二％、約三五万人になった。」<br />　つまり数十年の間で、人口が全滅したり、十分の一になってしまったわけである。原住民が全滅したタスマニア島については、明石書店の「世界差別問題叢書　５　増補　アボリジニー」（1993年3月発行）に詳しい説明がある。タスマニアへの植民はオーストリア本土より遅れて、１８０３年に始まった。その頃３０００から７０００いたと思われるアボリジニーの人口は、１８３０年頃には約３００にまで減少した。驚くほどのスピードである。そうなったのは、白人は自己の利益のために、アボリジニーを積極的に殺したからである。<br />　４２ページには、「入植者が用いたアボリジニー虐殺の手段は、数多くあった。銃を用いてアボリジニーを『動物の狩猟』のように撃ち殺したり、毒殺を用いることもあった。また、組織的なアボリジニー襲撃隊も編成された。アボリジニー虐殺の一番極端な例は、ジェノサイド、つまり皆殺しであった」とある。その結果、１８７６年、最後の生存者である女性のトルガニニが死亡して、タスマニア原住民は絶滅した。<br />　要するに、オーストラリア・ニュージーランドによる、日本の調査捕鯨批判は、我が国に対する悪質な偏見・差別・迫害に他ならない。そこには自分自身の巨大すぎる原罪を、少しでも誤魔化したいという心理が働いているに違いない。その意味でシナ人による、歴史問題を利用した日本攻撃と全く同一である。ただしシナ人の場合は、民族絶滅の現行犯であるが。したがって捕鯨批判は、紛れも無く日本人に対する精神テロであり精神侵略である。<br />　２月１９日の産経新聞社説によると、民主党は商業捕鯨の再開を政策に掲げているという。にもかかわらず、鳩山白痴政権には全く戦う姿勢が見られない。マスコミを始めとして、社会一般も基本的に同じ状況である。日本民族はタスマニア原住民と違って、生物的には存続しているかもしれないが、精神的にはすでに滅亡しているのではないのか。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>真実を隠蔽した「日中歴史共同研究」</title>
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    <published>2010-02-24T02:42:39Z</published>
    <updated>2010-02-24T02:46:35Z</updated>

    <summary>『月刊日本』2010年3月号　羅針盤　2010年2月22日 　一月三十一日、以前...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="月刊日本 羅針盤" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="日中歴史共同研究自民党中共侵略国家南モンゴル東トルキスタンチベット民族自決民族独立" label="日中歴史共同研究 自民党 中共 侵略国家 南モンゴル 東トルキスタン チベット 民族自決 民族独立" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        <![CDATA[<p>『月刊日本』2010年3月号　羅針盤　2010年2月22日</p>
<p>　一月三十一日、以前から行われていた、日本と中共の学者による、「日中歴史共同研究」の報告書が発表された。二月一日の産経新聞によれば、この共同研究は、日本の方からわざわざ言い出したものだという。〇五年四月というから、例の中共による官製虐日暴動が起こされた時期だが、訪中した当時の町村外務大臣が提案した。ついで翌〇六年十月、誕生早々の安倍首相が訪中し、今度も日本側から提起して正式に合意し、十二月にスタートしたものである。つまり自民党でも右よりの政治家が推進したのである。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　この共同研究は、古代中世史分科会と近現代史分科会に、大きき二分され、それぞれ両国の数人の学者で構成されている。一月二十九日の朝日に載っている、日本側座長である北岡伸一氏の談話によると、共同研究のその後の経緯は、中共側は途中から合意に反して、討議の要旨を公表しないように要求してきて、やむなくそれを了承した。すると今度は、論文すべてを公表したくないといい始めたが、さすがにこれは拒否した。更に中共側は戦後の現代史の部分は、公表から削除することを求め、日本側はそれに屈服した、というのである。今回の共同研究の最大の注目点は、この現代史の殊更な隠蔽である。<br />　それはこの現代史にこそ、今回の共同研究では取り上げられなかったであろうが、中共の最大の弱点が含まれているからである。その弱点とは、文化大革命や第二天安門事件だと、一般に予想されるかもしれないが、実はそんな生易しい事柄ではない。すなわちシナ現代史の最大の弱点・アキレス腱とは、中共が現実の侵略国家であり、シナ人が侵略現行犯民族であるという、簡単明瞭な事実である。<br />　シナ人による南モンゴル・東トルキスタン・チベットに対する支配が、侵略であることは、世界の歴史に照らして、全く疑いようの無い、真実そのものである。これら三民族の土地だけで、五百万平方キロメートルに達するから、中共の面積九百六十万平方キロメートルの半分以上になる。シナ人は、中華人民共和国の領土は清帝国の版図を継承すると称して、その成立時にこれらの地域を侵略・併合した。<br />　ただしチベットや東トルキスタンが、清帝国に入ったのは、十八世紀の中ごろのことで、イギリスの産業革命の時期であり、歴史としてはかなり新しい。その支配も、本土である省の部分（「シナ本部十八省」）とは区別して、「藩部」と称して間接的な統治を行っていたに過ぎず、実質的な独立状態であった。だからチベットでは、統治者としてのダライ・ラマが存在し続けたのである。その清帝国も一九一一年の辛亥革命によって滅亡して解体した。<br />　しかしそんな議論より以前に、そもそも多民族を包含した帝国が解体され、その中の民族が独立を獲得するのは、歴史の流れとして至極当然のことなのだ。だから第一次世界大戦で、オーストリア帝国やオスマントルコ帝国が解体し、第二次大戦では敗戦国である我が大日本帝国だけでなく、戦勝国である大英帝国も解体したのである。それが世界の歴史の進歩の方向であり、歴史の必然であるからだ。すなわち歴史の進歩の法則としての、民族自決・民族独立である。最近は、高校の歴史教科書として圧倒的な部数を誇る、山川出版の歴史教科書が、一般向けに改編されて売り出されて好評のようである。民族独立については、この世界史の本を読めばちゃんと書いてあり、世界史の常識のなかの常識である。<br />　ところがシナ人は、第二次世界大戦後の、アジア・アフリカにおける民族独立の時代の真っ只中で、その歴史の流れに全く逆行して、チベット・ウイグル・モンゴル三民族の領土を侵略・併合した。旧外蒙古・現モンゴル国は、ソ連の衛星国となりソ連の軍隊がいたので、併合を免れた。つまりシナ人は、全く時代錯誤の帝国再建を行ったのである。<br />　チベットではその侵略支配のために、人口の五分の一である、百二十万人が命を奪われたとされる。文字通りのチベット大虐殺である。ちなみに日本の歴史上最大の悲劇とされる、第二次大戦の犠牲者は三百万人であるから、当時の人口を九千万人と考えれば、三十分の一ほどになる。<br />　さらにシナ人は、これらの地域に対する侵略を完璧なものにするために、大量のシナ人を送り込み、本来の住民を吸収同化して、実質的に絶滅させることを企てている。したがって現代のシナ人がやっていることは、ナチスドイツがやったことと、基本的に代わりがない。つまり侵略と虐殺である。別にガス室を使わなくとも、ジェノサイドはできるのである。現在はそれ自体を疑問視する議論も出ているようだが、旧ユーゴスラビアの民族浄化において、ガス室は使われていなかった。<br />　今回の日中歴史共同研究の結果は、全く隠蔽されてしまったので、何が取り上げられたのか分からないが、この中華人民共和国成立時の侵略問題こそ、日本側が絶対に取り上げなければならない、最も重要なテーマである。なぜなら日本は過去の歴史を反省して、今後良好な日中関係を築き上げるために、この日中歴史共同研究を開始したのである。日本の過去の反省とは、端的に言って、侵略の反省に他ならない。つまり日本人が自らの侵略の過去を本気で反省しているのなら、シナ人が現在進行形で行っている、正真正銘の侵略行為を、批判し糾弾しなければならない。それができなければ、本気で反省などしていません、と言っているのと同じである。<br />　それだけではない。侵略国家・侵略民族と無闇に仲良くすることは、侵略の共犯者になることなのだ。かつてアパルトヘイト・人種差別政策が公然と実施されていた時代、南アフリカとは貿易をすべきで無いとの議論すらあった。シナ人は侵略・虐殺という大罪を犯し続けているのだから、忠告してその犯罪を一日も早く止めさせることこそ、シナ人に対する日本人の最大の友情に他ならない。それこそが、真の日中友好、正確に言えば日支友好である。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>朝日の中共報道から日本人が学ぶべきこと</title>
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    <published>2010-02-21T14:22:02Z</published>
    <updated>2010-02-21T14:24:27Z</updated>

    <summary>　朝日新聞を読んでいると、中華人民共和国の暗部に関して、比較的踏み込んだ報道が見...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="朝日新聞中華人民共和国幼児誘拐" label="朝日新聞 中華人民共和国 幼児誘拐" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　朝日新聞を読んでいると、中華人民共和国の暗部に関して、比較的踏み込んだ報道が見られるようになってきた印象を受ける。例えば少し以前になるが、国際面にある「世界発　２０１０」という欄に、連続して注目される記事が掲載された。一つは１月２２日の、「幼児誘拐、中国覆う」「貧しい家庭被害　２０００人保護」という、幼児誘拐に関するもの。もう一つは２月４日の、「１３人殺害　貧村の惨事」「中国　出稼ぎ帰りの容疑者」という大量殺人に関するもので、両者ともかなり長文の記事である。
        <![CDATA[<p>　幼児誘拐は、中共でも最も貧しい省といわれる貴州省の話で、同省の奥地にいた家族が省都の貴陽に出稼ぎに出てきた。そこで２００７年の１０月に、男の子三人を一度に人攫いにさらわれた。子供が遊んでいるところを、二人が二台のバイクで連れ去った。結局その後三人とも発見されたのだが、一番下の子供は誘拐犯の組織の内部で四回転売された後、１４００キロ離れた福建省の家庭に売られているのが発見され、二年後に家族の下に帰った。この子供を買ったのは子宝に恵まれなかった夫婦で、３万元（約３９万円）で買った。<br />　この記事の注釈によれば、中共では貧困者の子供をさらって、子供のいない金持ちに売りつける誘拐事件が多発していた。ようやく昨年４月から政府が撲滅キャンペーンを始めて、１１月までに１８４０件を摘発し、子供２１６９人を保護したという。短期間に摘発された件数がこれだけあるのだから、実際は膨大な数の誘拐事件が起こっているのだろう。<br />　大量殺人事件は、貴州省のとなり湖南省の山間僻地で起こった。省でも最も貧しい村の一つで、やっと１０年ほど前に電気が通じたというところである。昨年の１２月１２日に３４歳の男が父親と口論となり、父親を殺してから近隣の住居を襲撃して、１３人を殺害し６軒を全焼させて捕まった。この男は１８歳で沿岸地方の広東省東莞市に出稼ぎに出て働き続け、身も心もボロボロになって帰郷したばかりだった。<br />　農村出身の出稼ぎ労働者は、都市の戸籍を持たないため、就職・教育・住宅問題などあらゆる面で、過酷な差別を受ける。この事件について、中共のマスコミは「出稼ぎ労働者は都会で差別を受け、社会を憎むようになる。故郷に戻ると、小さなことで極端な行為に走りがちだ」と報じ、学者は「出稼ぎで受けた不公正さ、被差別感といった小さな怒りが積み重なって大きな恨みを生み出すのではないか」と解説している。大量殺人犯について、近所の人間は気が狂ってしまったというが、警察は精神を病んでいると疑う余地は無いという。<br />　二つの記事、二つの事件の根底に共通して存在するのは、絶対的な貧困、極端な貧富の差、過酷な出稼ぎ労働といった問題である。これこそ中共が抱える最大の問題なのだが、朝日もようやくまじめに取り組む気になったらしい。この二つの記事で注目されるのは、誘拐事件では奥寺淳、殺人事件では古谷浩一といった特派員が、交通不便な現地に行って、関係者から直接取材していることである。誘拐事件では、買い手の女性にも取材している。<br />　それでは中共政権に媚へつらう、朝日の従来からの報道姿勢は改善されたのだろうか。それはそうでは無いだろう。それはあくまでも中共側の変化に対応しているに過ぎないのではないか。中共政権もかなり自信をつけてきて、ある程度は情報を解禁してきており、中共のメディアが報道し、朝日もそれに基づいて独自取材を展開しているだけなのである。<br />　朝日の記事を読んで私が最も強く感じるのは、過酷な運命に鍛えられたシナ人の神経の図太さである。反対に現在の日本人は、安楽な生活で精神が極端に虚弱になってしまった。中共で差別され続けている出稼ぎ労働者は、今後続々に日本を目指してやってくるだろう。最初は日本を天国と感ずるかもしれないが、すぐにそれになれて強烈な自己主張を始めるに違いない。両者が対立したとき、その勝敗はあまりにも明らかである。残留孤児は日本に帰ってきて、待遇が悪いと訴訟を起こし、日本政府は簡単に屈服した。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>超ミニスカートで破壊される女子生徒の貞操観念</title>
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    <published>2010-02-14T09:23:35Z</published>
    <updated>2010-02-15T03:33:06Z</updated>

    <summary>　冬季オリンピックに出場する、国母というスノーボードの選手の服装が、話題になって...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="ミニスカート貞操観念援助交際校門圧死事件日教組" label="ミニスカート 貞操観念 援助交際 校門圧死事件 日教組" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　冬季オリンピックに出場する、国母というスノーボードの選手の服装が、話題になっている。選手・役員などは、制服が決まっているのだが、その制服を着崩したことが、問題視されたのである。ネクタイを緩め、ワイシャツの裾を出し、とくにズボンを摺り下げる「腰パン」状態ではいた、実にだらしない姿だった。この問題を２月１２日の朝日新聞夕刊が取り上げ、「スノボ国母選手の『腰パン』、ダメ？」「批判受け　選手村入村式自粛」という記事作っている。この記事は「ダメ」に「？」が付いているように、同選手を擁護する立場から書かれている。
        <![CDATA[<p>　それが一層よく分かるのは、コメントを寄せている二人の人物の発言内容である。一人は石川県の公立高校の女性教諭で、事前に注意しておけば良かったのだと、当人より周囲の関係者のほうを批判している。また同教諭の高校では、男子学生の３分の２が腰パンで、当たり前の格好だから、注意してもきょとんとされるだけ、なのだそうである。つまり制服の着崩しが野放し状態になっているわけだが、この５９歳にもなる女性教諭は、それが異常だとは全く考えていないらしい。もう一人は九州の高校野球指導者で、「社会全体に寛容さが消え、服装や言動など競技以外でも厳しくチェックされる時代になった」と、社会が悪く暗くなったようなことを言っている。<br />　この問題の最も重要なところは、一スノボ選手の問題に止まらないところである。現在では、学生の服装の規律が全く乱れてしまっているは、町を歩いてみれば良く分かる。男子の詰襟の学生服の場合、カラーをつけていないし、ホックも掛けていない。更に襟のボタンを一つか二つは外している。背広型の学生服では、スノボ選手と同じ状態である。もう遥か昔の話であるが、私が高校生の時代には、詰襟を完全にキチンと着ていたし、学生帽も被っていた。<br />　根本は、服装が精神に与える影響である。だらしない服装をしていると、精神がだらし無くなる。とくに本来キチンと着るべき制服を、だらしなく着れば、その影響は一層甚だしくなる。だから制服を着る組織である軍隊や警察は、常に服装が乱れないように注意している。つまり学校における生徒の服装の乱れは、現在の教育が崩壊していることの、何よりの証明である。<br />　ただし学生生徒の服装として最も問題があるのは、女子生徒の服装ではないだろうか。近年は女子生徒の制服として、セーラー服ではなくブレザータイプのもがあるが、これに穿くスカートが異常に短いことが多い。例の超ミニスカートである。したがって太ももが丸出しになる。これは端的に言って娼婦スタイルである。その娼婦スタイルが、学校の制服として広範囲に通用し、しかもそれを異常だと批判する声が殆ど聞こえない。<br />　私はこの学生服としての超ミニスカートの横行こそ、現在の日本がいかに堕落した社会になってしまっているかの明白な証拠であり、社会に与える害毒は極めて深刻だと考えている。太もも丸出しの超ミニスカートを穿いているとどうなるのか。それは必然的に性的な羞恥心が失われていくだろう。つまり貞操観念が失われていくのである。だから「援助交際」という名前の、実質的売春行為も平気になる。しかもそういう女子生徒が、やがて子供を育てる母親になってゆく。<br />　一方、超ミニスカートは、男子生徒にも不自然な影響を与えるのではないか思われる。超ミニスカートを男女共学である学校の場で日常的に見続ければ、結局はそれに慣れてしまって、健康な性的好奇心の発達が阻害されるのではないのか。それが現在の少子化の問題に繋がってくるのかも知れない。<br />　では、いつから何故、学校の制服の乱れが始まったのだろうか。朝日新聞の先の記事では、腰パンは１９９０年代から広まったと書いてある。これは私が学校の制服の乱れについて、以前から感じていた印象と一致する。つまりそれは約２０年ほど前からであり、昭和から平成への代替わりと連動していると思われる。多くの人は忘れてしまっているだろうが、実はこの頃、朝日や毎日といった新聞による、校則批判の大キャンペーン報道があったのだ。生徒に坊主刈りを強制するのは甚だしい人権侵害だ、などの議論がなされた。<br />　その中でも重要な画期だったのが、１９９０年７月６日に起こった、校門圧死事件である。兵庫県立神戸高塚高校において、朝の登校の門限が過ぎたので、教師がスライド式の門を閉めたところ、走りこんできた女子学生が挟まれて、圧死したのである。これによって一挙に、学校の管理は厳しすぎるとする批難が巻き起こった。それはすべての学校における校則への批難・糾弾となり、学校側はそれに次々と屈服して、服装もどんどん乱れて行ったのである。朝日新聞は、校則破壊の張本人であるから、スノボ選手を擁護するのは、当然といえば当然なのだ。<br />　現在、保守派の人々は教育改革を求めて、日教組教育を批判している。私は教育の現場のことは全く知らないが、乱れきった生徒の服装を正常化するだけでも、かなりの改革効果は挙げられるのではないだろうか。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>小沢騒動、結局は思ったとおりの国策不起訴</title>
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    <published>2010-02-07T15:37:23Z</published>
    <updated>2010-02-07T15:39:43Z</updated>

    <summary>　小沢一郎民主党幹事長の政治資金を巡る疑惑問題が、一応不起訴と言う形で決着したよ...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="小沢一郎政治資金不起訴検察国策不起訴田中角栄三木武夫" label="小沢一郎 政治資金 不起訴 検察 国策不起訴 田中角栄 三木武夫" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　小沢一郎民主党幹事長の政治資金を巡る疑惑問題が、一応不起訴と言う形で決着したようだ。私自身この問題については、正直に言ってあまり関心をそそられなかった。その理由はまず、実に大量の情報が新聞などに提供されて、とても読んでみる気にならなかったこと。そして基本的に、そもそも検察も官僚の一種であって、政治家に使われる身分であるから、所詮時の権力にはかなわないと思っていたからである。
        <![CDATA[<p>　まして今の民主党政権は、官僚の上に立つことを、最大のセールスポイントにしているのであるから、検察に屈服することは絶対に出来なかったはずである。そこで千葉景子法務大臣が指揮権を発動する以前に、検察に対してさまざまな圧力を加えていたことは間違いない無いだろう。前回の小沢秘書逮捕では、国策捜査だと批難した人間が、権力を握れば臆面も無く、国策不起訴を行うのである。<br />　ただしこれだけ騒がれた問題では、簡単に捻りつぶすわけにはいかず、検察にもそれなりに活躍の見せ場を与えなければならない。それがあれだけの大量報道になったのであろう。したがって今回の小沢騒動は、政治家と検察の闘争などでは全く無く、ある程度筋書きが決められた、茶番劇であったに違いない。茶番劇を騒ぐだけ騒いでおいて、あっけなく落着させてしまう。世に言うところの「ガス抜き」である。<br />　ところで私が今回の小沢騒動で最も興味を持ったところは、検察にたいする批判が噴出したことである。それは検察による起訴を経験した人物のみならず、マスコミにもかなり顕著に見られた。その検察批判に熱心だったのは、朝日系メディアなど、いわゆる左翼的なマスコミが多かったようだ。検察の権力は弱者に対しては強いかもしれないが、本物の政治権力に対して敵うはずがない。闇将軍・田中角栄が逮捕されてしまったのは、時の総理大臣が三木武夫であり、更にその上にアメリカの意向があったからである。<br />　今まで多くの事件において、マスコミは常に警察や検察の立場に立って報道していた。しかもそれは警察や検察のリーク情報によっていたのではないのか。しかし今回は検察を公然と批判し、情報リークを糾弾したのである。それによって懸命に、小沢擁護にまわった。これは極めて奇怪な現象だと、言わなければならない。<br />　要するに検察を批判した人間やマスコミは、権力の亡者である最高権力者・小沢一郎に、媚びへつらい擦り寄っているのである。それは決して、外国人参政権など亡国法案を成立させるため、といった目的意識に基づくものではないだろう。口先で立派なことを言う人間やマスコミほど、本物の権力に対して極めて弱いのだ。対アメリカ占領軍しかり。対中共政権しかりである。すでに政権交代後、自民党時代と異なって、マスコミの権力への擦り寄り現象が見られるが、今後この傾向は、一層顕著になってゆくであろう。<br />　もう一つ興味深いことは、アメリカが絡んできたことである。小沢の不起訴が公表される直前の２月２日、アメリカのキャンベル国務次官補が、わざわざ国会の民主党幹事長室に小沢を訪問して会談した。その内容は非公開であるが、普天間移設問題であることは間違いない。アメリカは無能鳩山を見限って、移設問題において完全に小沢に頼ることにしたのである。辺野古周辺に土地を買い込んだ小沢のことだから、結局なんだかんだ言っても、辺野古移設で落着させるのだろう。とすれば、田中角栄の場合とはちょうど逆に、小沢不起訴については、更にアメリカのバックアップがあったと考えるべきである。<br />　それにしても、前回、大久保秘書が逮捕・起訴された時に、小沢は民主党の代表を辞めた。今回、秘書二人と元秘書の議員まで逮捕・起訴されたのに、小沢は幹事長に居座ると言う。全く筋に通らない話である。にもかかわらず、それが当たり前のように受け取られている。ハッキリ言って、もう何もかもデタラメ・滅茶苦茶なのである。こんな国は遠からず滅びるに違いないが、検察を頼りにしても駄目だということだけは、今回明確になったのではないか。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>民族主義者を自称する民族の裏切り者・中曽根康弘</title>
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    <id>tag:sakainobuhiko.com,2010://1.75</id>

    <published>2010-01-31T13:49:34Z</published>
    <updated>2010-02-01T10:10:37Z</updated>

    <summary>　朝日新聞が、日韓併合から百年になるのに因んで、一月から「百年の明日　ニッポンと...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="中曽根金泳三民族主義者靖国河野談話河野洋平村山談話村山富一" label="中曽根 金泳三 民族主義者 靖国 河野談話 河野洋平 村山談話 村山富一" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        <![CDATA[　朝日新聞が、日韓併合から百年になるのに因んで、一月から「百年の明日　ニッポンとコリア」と題するシリーズを始めた。「随時掲載し、日本と隣国との歴史と未来を考えていきます」とのことである。一月は２７日から三日連続で、朝鮮王朝の宮殿・景福宮の正門である光化門を題材として、日本と朝鮮・韓国との歴史を述べている。<br />　これとは別に２７日には、このシリーズの一環として、中曽根元首相と金泳三元大統領への、「私の『日韓』」というインタビュー記事も掲載されており、この中曽根へのインタビューがなかなか興味深い。この中で中曽根は、「私は民族主義者だから、韓国の民族主義も理解していた」と言っている。]]>
        <![CDATA[<p>　この中曽根の言葉そのものについては、私も民族主義者であるから、基本的に同感である。その意味で、多くの保守主義者がそうであるような、日本の朝鮮統治を全面的に正当化する立場に、私は立つ気にならない。だから田母神論文で表明されているような、日本の朝鮮支配は欧米植民地と本質的に異なるとも考えない。もちろん異なる面もあっただろうが、その差異をことさら強調しても始まらないであろう。<br />　実はこの問題を理解するのは、そんなに難しいことではない。日本と朝鮮と、その立場を逆転して考えてみれば良いのである。朝鮮の方が日本より早く近代化に成功し、日本列島を併合したと仮定してみよう。それによって日本の鉄道が発達したり、大学が設立されたとして、日本人はそれを積極的に評価する気になっただろうか。私は以前からチベット問題に関心を持っているが、この「近代化させてやったから、ありがたいと思え」と言う言い方は、シナ人がチベット侵略を正当化するときの論理と良く似ている。<br />　だがそもそも、民族主義者を自称する中曽根康弘は、本物の民族主義者なのだろうか。中曽根が総理大臣時代に犯した大罪が、真の民族主義者でないことの、何より明白な証拠である。1985年8月15日、中曽根は戦後の首相としては初めてと称して、鳴り物入りで靖国への公式参拝を行った。しかし中共からの抗議を受けると、翌年からあっけなく止めてしまった。そしてこの年の検定を通過した高校教科書を、強権で書き換えさせ、それを批判した文部大臣を罷免した。<br />　しかもその後、靖国参拝を中止したのは、中共の共産党総書記・胡耀邦の失脚を防ぐためだったと説明した。外国の要人を助けるために、国家と民族の名誉を売り渡したのである。これは明らかに真の民族主義者が出来ることではない。中曽根こそ、民族の裏切り者と言わなければならない。<br />　この民族の裏切り者は、先の朝日のインタビューで、外国人参政権について、「僕は原則として賛成」と明言している。また中曽根は以前から東アジア共同体評議会の会長を務めているように、東アジア共同体の熱心な提唱者なのだ。まさに小沢・鳩山という民主党亡国コンビの大先輩なのである。<br />　それにしても、中曽根のような民族の裏切り者が、殆ど批判されずに、イケシャーシャーと生息し続けていること自体が、真に異常である。それは河野談話の河野洋平、村山談話の村山富市も同じだが、この両者は中曽根ほど表に出てこない。実は彼らのような国家的・民族的な犯罪者は、ずっと以前に厳しく批判・糾弾され、社会的に抹殺されなければならなかったのである。<br />　自民党自身がそれをしてこなかったと言うより、そもそもそうゆう発想すら全く無いのだ。河野洋平は、三権の長の一人、衆議院議長として極めて長期間在任し続けた。民主党がいかに無能でも、自民党に全く期待できない理由である。またそれは、日本の保守勢力がいかに危機意識に乏しく、いかに非力であるかの証明でもある。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>ハイチの歴史から日本人が学ぶべきこと</title>
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    <published>2010-01-25T06:13:14Z</published>
    <updated>2010-01-25T06:16:52Z</updated>

    <summary>　１月１２日（日本時間では１３日）、カリブ海の国ハイチでマグニチュード7.0の大...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="ハイチ植民地黒人独立国明治維新鳩山白痴宰相平成維新" label="ハイチ 植民地 黒人独立国 明治維新 鳩山白痴宰相 平成維新" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　１月１２日（日本時間では１３日）、カリブ海の国ハイチでマグニチュード7.0の大地震が発生して、今のところ明確な数字は分からないが、何万人もの死者が出ている。このハイチという国は、日本では殆ど知られていないが、世界の中でもかなり特異歴史を持つ国と言うことができるので、百科事典などから知られる情報をもとに、その歴史を簡略に紹介しておきたい。
        <![CDATA[<p>　今回の地震の報道で、ハイチの歴史についても多少の解説があるが、見かけなかったのは、コロンブスのアメリカ大陸「発見」との関係である。有名なコロンブスのアメリカへの到達は１４９２年のことであるが、その時に着いたのがキューバ島とその隣のハイチのあるエスパニョラ島であった。１４９４年のトルデシリャス条約による植民地分解線によって、世界は大きく二つに分けられ、アジア・アフリカをポルトガルの領分、南北アメリカをスペインの領分とされたが、その中でもエスパニョラ島は、スペインの最初の植民地といえる存在になったのである。<br />　このエスパニョラ島では、スペインによる支配のために、多くの人々が殺されて、原住民の絶滅状態になってしまった。スペイン人の司教ラス・カサスは、その有名な著作である『インディアスの破壊についての簡潔な報告』の中で、約３００万人居た人口は、４０年の間に２００人ほどになってしまったと述べている。原住民・インディオが余りにも居なくなってしまったために、代わりの労働力として導入されたのが、アフリカの黒人であった。それはアメリカとアフリカの距離は、日本人が漠然と考えているよりずっと近いからである。実際に地図を見れば分かるが、大西洋は太平洋に比べて、遥かにせまいのである。<br />　コロンブスから約２００年後、１６９７年にエスパニョラ島の西部三分の一が、スペインからフランスに割譲された。これが現在のハイチという国の淵源である。以後はフランス領の植民地として、アフリカ黒人も更に大量に流入するようになっていった。１７９１年、その黒人奴隷が反乱を起こす。以後、騒乱の時代を経て、１８０４年に黒人による独立した共和国が誕生した。これにはフランス革命の影響があったとされる。中南米諸国の殆どが、スペインの植民地から独立するのは、１８２０年の前後であるから、ハイチの独立はそれより以前である。<br />　黒人の独立と言えば、第二次世界大戦後の植民地体制の崩壊によって、１９６０年以後、アフリカで黒人独立国が続々と誕生する。ハイチはそれより１５０年以上も前に、黒人独立国だったのだ。またアフリカの黒人独立国としては、１９世紀にすでにリベリアがあるが、これは１８２０年頃、アメリカ植民協会がアメリカの解放奴隷を送り込んだもので、建国は１８２４年だが独立宣言は１８４７年である。したがってハイチは、世界で最初の黒人の独立国であると言って間違いない。<br />　しかし２０世紀になって、アメリカがカリブ海地域に支配を伸ばしてくると、それに従属せざるを得なくなってゆく。近年はクーデターなどで政情不安となり、２００４年から国連のハイチ安定化派遣団が駐屯して、ようやく治安を維持する状態となり、西半球の最貧国にまで落ちぶれてしまった。ハイチの世界最初の黒人独立国いう栄光は、今や完全に色あせた。<br />　過去の栄光が失われたのは、我が日本も同じである。過去がいくら立派でも、現在が馬鹿では駄目なのだ。明治維新の成功によって、欧米の植民地にならなかったと自慢するが、現在はアメリカの保護国であり、明らかに軍事的植民地である。精神的には米中共同の植民地であると言ってよい。保守の人々の中には、維新の志士気取りの人がいるようだが、歴代最低の鳩山白痴宰相でさえ、「無血の平成維新」（所信表明演説）くらいは言えるのである。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>日本外交は白痴と化した</title>
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    <id>tag:sakainobuhiko.com,2010://1.73</id>

    <published>2010-01-24T00:05:09Z</published>
    <updated>2010-01-24T00:11:43Z</updated>

    <summary>『月刊日本』2010年2月号　羅針盤　2010年1月22日　日本の保守と言われる...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="月刊日本 羅針盤" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="文明の衝突ハンチントンキショール・マフバーニー篠沢秀夫" label="文明の衝突 ハンチントン キショール・マフバーニー 篠沢秀夫" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        <![CDATA[<p>『月刊日本』2010年2月号　羅針盤　2010年1月22日<br /><br />　日本の保守と言われる人々は、サミュエル・ハンチントンが、その有名な著書『文明の衝突』の中で、日本を独自の文明として扱ってくれたことを、とても高く評価して喜んでいる。その例はまことに枚挙に暇がなく、日本文明に言及する人は、必ずハンチントンの名前を出すほどである。一例を紹介すれば、『文芸春秋』二〇〇七年一月号の「文春　夢の図書館」と言う特集で、篠沢秀夫さんは、「日本の素晴らしさを伝える十冊」の筆頭に、『文明の衝突』を挙げている。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　しかしハンチントンの、この極めて読みにくい本を実際に読んでみると、日本文明を積極的に評価しているとは、とても考えられないのである。独立の文明だとしているのは、トインビーなどの先人が言っているから、それに倣っているだけなのであり、独自だとしても、ハンチントンは否定的に評価しているのである。つまり日本は文明的に孤立していて、仲間がいないと言うのがその主旨である。<br />　では、文明的に孤立していれば、政治的に独立的であるかといえば、ハンチントンの判定はそうではない。反対に日本は伝統的に、政治的に大きな勢力に追随する傾向が顕著だと、判定するのである。例えば近代においては、日英同盟で植民地大国・大英帝国についたし、第二次大戦後は日米安保条約によって、最大の強国であるアメリカに従った。その中間の戦争の時期にも、ナチスドイツと軍事同盟を結んだ。さらに前近代の時代には、大国であるシナと冊封関係を結んでいたではないかと、ハンチントンは指摘するのである。日本人は、特に保守の人々は、日本は朝鮮と違って、冊封関係を拒否して自立していたと考えるが、ハンチントンはそのように評価してはくれないのである。<br />　以上のように日本と言う国を理解しているハンチントンは、今後の日本とシナとの関係を断定的に明言する。まずハンチントンは、この本が出された、今から十四年前、一九九六年の段階で、シナ・中共が強大化することを、明確に予測している。さらに一般的に言って、近隣に強大な国家が成長してきた場合、周辺国家が採る対応策は、基本的に二つあると言う。それがバランシングとバンドワゴニングである。バランシングとは、いわゆる勢力均衡であって、新興勢力と張り合うわけである。バンドワゴンとは、軍隊の先頭に立つ軍楽隊のことで、つまりバンドワゴニングとは、それに従って歩くことであり、すなわち従属することを意味する。日本は独力でシナとバランシングできず、アメリカの援助が必要だが、アメリカはそうしないだろうから、日本は必然的にシナに従属するとするのである。<br />　しかもその兆候はすでに現れていると指摘ところが、極めて重要である。ハンチントンは、他人の言を利用しながら、次のように書いている。「アジアでのアメリカの役割が小さくなり、中国のそれが増大するにつれ、日本の政策もそれに順応するだろう。事実、すでにそれは始まっている。日中関係の基本的な問題は、キショール・マフバーニーの見るところ、『どの国が一番か？』ということだ。答えは明確になりつつある。『口にだして公言したり、了解を示してはいないが、まだ北京が国際的にかなり孤立していた一九九二年に、日本の天皇が中国を訪問したのは意義深いことだ』」（三六〇頁）<br />　すなわち九十二年の天皇陛下御訪中は、日本がシナに従属する端緒と、世界的に見られているわけである。少なくともハンチントンの著作によって、そのような見方が世界中にばら撒かれたことは、間違いない事実である。とすれば今回の天皇陛下への、中共の習近平の会見問題は、より一層日本の対中従属が進行したことを、世界中に印象付けたと考えなければならない。いったん正式に断られたものを、蒸し返して会見を強要し、それを実現させてしまったからである。ハンチントンがこれだけ明言しているにも拘わらず、九十二年の御訪中の大失敗に全く学ばず、更に失態を重ね続ける日本外交の白痴性には、言うべき言葉もない。「天皇の政治利用」と言われるが、それは外国・中共による巧妙な天皇の政治利用であり、しかもそれによって日本の対中隷属度が、飛躍的に深化したのである。しかも日本人の殆どが、この問題の本質を全く認識していないのだ。<br />　ハンチントンなど欧米キリスト教徒は、日本は独自の文明だと言っているが、シナ人は日本の独自文明説を、絶対に認めないだろう。シナ人は、日本は中華文明すなわちシナ文明に属すると、強固に信じているに違いないのである。そしてそれはシナ人特有の、極めて侵略的で犯罪的な、中華民族主義のイデオロギーと結びついてくる。つまり中共は多民族国家であるが、すべての民族は上位の民族概念としての、中華民族なのであって、チベット人もウイグル人も、中華民族すなわち中国人なのである。自己の意志に関係なく、勝手に中国人にさせられてしまうのである。それと同様に日本人も中華民族の一つ、大和族にさせられるだろう。中華民族の存在するところが、空間としての「中国」なのであり、日本も中国の一部となるのである。これが現在および将来における侵略を正当化する、シナ侵略主義の論理である。<br />　ところでハンチントンは、将来（二〇一〇年に設定）の予想として、シナ人はイスラムと同盟してアメリカと戦うだろうと言い、また日本はシナ人に従属しているから、反欧米側になるとしている。「アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、インドはこうして中国と日本とイスラムの大部分を相手に真の世界大戦に突入する」（四八四頁）。しかしこれは真っ赤なうそに違いない。アメリカとシナ人が戦争することなどありえない。可能性として高いのは、アメリカとシナ人が結託して、イスラムと戦うと言う構図であるだろう。近い将来この構図が急速に進展したら、中共がアメリカと同盟して、アフガン戦争に参戦することになるのではないか。</p>
<p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。</p>]]>
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    <title>朝日が報道するシナ人による人口侵略の実態</title>
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    <id>tag:sakainobuhiko.com,2010://1.72</id>

    <published>2010-01-17T09:06:57Z</published>
    <updated>2010-01-17T09:11:56Z</updated>

    <summary>　私が常々主張している、シナ人による日本侵略三段階論によれば、第一段階の精神侵略...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="在日華人最大勢力望子成龍白衣群像列島街村天安門記融合競演犯罪底流経済新景続犯罪底流朝日新聞" label="在日華人 最大勢力 望子成龍 白衣群像 列島街村 天安門記 融合競演 犯罪底流 経済新景 続犯罪底流 朝日新聞" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　私が常々主張している、シナ人による日本侵略三段階論によれば、第一段階の精神侵略は一応完成して、現在は第二段階の人口侵略の段階である。その人口侵略の実態を、非常に丁寧に報告している、その趣旨はともかくとして、客観的に言って優れた記事が、朝日新聞に断続的にではあるが、一年前から長期に渡って連載されている。それは「在日華人」と題する一連の記事である。
        <![CDATA[<p>　「在日華人」は昨年の二月に開始され、月に一度の掲載だが、途中に掲載されなかった月もあるので、今年の一月で第９部になっている。各回のタイトルを紹介すると、第１部・最大勢力、第２部・望子成龍、第３部・白衣群像、第４部・列島街村、第５部・天安門記、第６部・融合競演、第７部・犯罪底流、第８部・経済新景、第９部・続犯罪底流、である。ご覧のとおり、漢字の四文字言葉として、わざわざシナ語風に表現されていて、タイトルからしてもすでに、シナ人におもねっていることが分かるだろう。<br />　これだけでは内容が分かりにくいものがあるから、簡単に説明しておくと、最大勢力は外国人として最大になったシナ人について総論的に述べたもの、望子成龍は教育関係、白衣群像は医者や研究職、列島街村は地方への浸透、天安門記は天安門事件関係、融合競演は美容やスポーツも含めた文化領域、経済新景はもちろん経済界的進出を紹介している。<br />　これらは外国人との共生を主張する朝日新聞らしく、シナ人の人口侵略の実態を基本的に肯定的に説明しているのだが、それでは済まない事態になっていることを示しているのが、シナ人による犯罪をテーマにした犯罪底流であって、昨年１０月に続いて本年１月にも再度取り上げている。この犯罪底流が一番読み応えがあり、担当しているのは緒方健二・編集委員である。<br />　昨年１０月１８・１９日の第７部では、日本暴力団のシナ人暴力団との癒着・従属・反発の状況、残留孤児の子孫が結成している暴走族集団であるドラゴン、女性が日本に入り込む手段としての偽装結婚などが解説されている。シナ人の犯罪集団には二種類あるといい、同郷の出身者で固まる暴力団と、残留孤児の子孫のドラゴンである。つまり残留孤児は日本人だからだと言うことで無条件に帰国したが、その子孫に当たる人間は、日本人になっておらず意識はシナ人のままなのだ。「中華の魂を背負っている」と公言する者すらいると言う。<br />　ごく最近１月１２日の第９部では、麻薬問題なども取り上げられているが、最も中心的に述べられているのは、現在話題になっている振り込め詐欺の問題である。振り込め詐欺の被害者に電話をかけてくる発信地は、日本ではなくて中共にある。電話をかける人間はまともな日本語を出来なければいけないので、日本で日本人を募集して中共に連れて行く。連れて行かれた日本人は、缶詰になって朝から夕方まで、日本に電話をかけ続ける。反対に日本で振り込まれた金を引き出す「出し子」は、在日のシナ人が行う。ここに出てくる例では、電話をかけた日本人の取り分は、騙した金額２００万円のうちの２万円に過ぎなかったという。<br />　この記事の見出しである「あやつる　日本人を使って　日本でもうける」は、事態の本質をかなり正確に表現していると言える。つまりシナ人が、日本人を手先に使って日本人を騙して大儲けするという、一連の仕組みが見事に出来上がっているのである。今はやりの言葉で言えば、素晴らしいビジネス・モデルである。それに対して緒方記者は、「日本警察は、日本人をだます中国の詐欺組織の解明すらできていない」と指摘する。<br />　この振り込め詐欺問題で、最も悪いのはもちろんシナ人であるが、簡単にやられてしまう日本人もあまりにも無様である。騙される被害者も、解明できない無能な警察も、そして何よりもシナ人の手先になる卑劣きわまる日本人も、すべてにおいて日本人の精神が甚だしく劣化しているのである。これこそが最大の問題である。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>経済だけの国が経済すら駄目になって久しい</title>
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    <published>2010-01-10T01:31:44Z</published>
    <updated>2010-01-12T22:18:16Z</updated>

    <summary>　現在、日本が世界第二位の経済大国から、中共に追い抜かれて第三位になるのではない...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="gdp北京オリンピック上海万博無能政治家無能官僚" label="GDP 北京オリンピック 上海万博 無能政治家 無能官僚" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　現在、日本が世界第二位の経済大国から、中共に追い抜かれて第三位になるのではないかと、話題になっている。朝日新聞は年初から、「ジャパン・アズ・NO３　日中GDP逆転へ」と題する記事を連載している。つまり国家の経済の規模を示す国内総生産（GDP）が、長年維持した世界第二位から第三位になり、変わって中共の経済が躍進していることから、注目されているわけである。
        <![CDATA[<p>　我が国は大東亜戦争で敗北し、戦後は経済の再建・成長に、そのエネルギーを集中してきた。その結果西ドイツを抜いて、アメリカに次ぐ世界第二位に躍進したのは、１９６８年・昭和４３年のことであった。今から約４０年前である。この前後に戦後の復興を象徴する、二大イベントが行われたことは、覚えている人も多いだろう。すなわち、１９６４年の東京オリンピックと、１９７０年の大阪万博である。この両者の間隔は六年あるが、中共の場合、北京オリンピックと上海万博の間隔は、わずかに二年である。<br />　ただし約４０年間維持した第二位の地位を転落し、中共に追い抜かれようとしているのは、日本の経済運営があまりにも異常だったからである。日本がしっかりして、まともな経済運営をやっていたら、こんな事態は起こらなかったのである。<br />　朝日新聞１月１日の記事に載っている、「日米中独の名目GDP」というグラフを見ると、日本のGDPは９５年頃の約５兆ドルをピークとして、以後激しく変動しながら全く増えていない。つまり十数年間、完全に停滞しているのである。この間中共は急成長しているし、ドイツも増加している。アメリカは目分量で言うと、７兆ドルから１４兆ドルへ二倍に増えている。このグラフに出ていない韓国にだって、日本は遥かに劣るだろう。<br />　以上の日本経済の停滞というより没落ぶりを、一人当たりのGDPの変遷で見てみよう。内閣府の発表する国民経済計算によると、日本の一人当たりGDPは、やはり１９９５年がピークで４万２千ドルを超えていたがその後減少し、１９９８年・２００２年には、３万ドルすれすれにまでなっている。その後増加したが、２００８年でも３万８千ドルであり、ピーク時を全く回復していない。<br />　一人当たりGDPの世界ランキングの推移を見ると、日本は１９８８年以後、大体世界第三位あたりをキープしていた。上にいたのは、ヨーロッパの小国である、スイスとルクセンブルグだった。それが２００１年から下降し始め、２００４年には、ベストテンを転落、２００７・２００８年には１９位にまでなってしまった。急速にランクが下がったのは、世界が成長しているのに、日本が全く停滞しているからである。<br />　つまり日本経済の没落は、ずっと以前から始まっているのであって、第二の経済大国でなくなると今頃騒ぎ出すのは、全くおかしいのである。いわゆる「失われた十年」とは、１９９０年代のことを言い、バブルが崩壊したのが９０年代の初めだが、それでもその前半は、経済成長を続けていたのである。しかし後半から完全に失速して、ずるずる現在に至り、「失われた二十年」になってしまった。<br />　この間、１９９８年・平成１０年には、それまでコンスタントに２万人で推移していた自殺者の数が、急に３万人台に跳ね上がり、以後昨年まで１２年連続で３万人台を維持している。これは明らかに長期不況が原因であって、自殺者を減らすには、経済を立て直すしかないのである。不況のための自殺者が毎年約１万人として、１２年間で１２万人。これは日露戦争の戦死者や、ベトナム戦争でのアメリカの戦死者の２倍に当たる数字である。<br />　日本の政治家と官僚、すなわち国家権力を握っている人間は、日本人の財産はもちろん生命すら守っていないのである。つまり最低の責務すら果たしていない、無能政治家・無能官僚と言わなければならない。戦後の日本が唯一の自慢とした経済すら、すでに十数年前から駄目になっているのである。問題は、この簡単な事実が意図的に隠され、国民が正確に認識していないことである。したがって大事なのは、この悲惨で愚かしい現実を、真正面から直視することである。経済問題に限らず、それが出来なければ、何事も始まらない。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。 ]]>
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    <title>シナ人の悪逆非道が罷り通る暗黒の世界</title>
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    <id>tag:sakainobuhiko.com,2010://1.70</id>

    <published>2010-01-03T10:52:24Z</published>
    <updated>2010-01-03T10:56:32Z</updated>

    <summary>　現代の世界が抱えている解決すべき問題として、常に挙げられるのは、国際テロ問題と...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="テロ問題環境問題ヴェルサイユ講和会議大英帝国ロシア帝国清帝国中華人民共和国チベットウイグル" label="テロ問題 環境問題 ヴェルサイユ講和会議 大英帝国 ロシア帝国 清帝国 中華人民共和国 チベット ウイグル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　現代の世界が抱えている解決すべき問題として、常に挙げられるのは、国際テロ問題と環境問題との二つである。しかし私は、この二つよりもっと深刻で、真に解決しなければならない最大の課題があると思う。テロ問題と環境問題とは、この最大の問題を誤魔化すために、意図的に強調されているとすら考えるものである。
        <![CDATA[<p>　この最大の問題を理解するためには、世界の歴史の発展・進歩とは何かを、知っておかなければならない。かつては強い国が弱い国を、強い民族が弱い民族を、侵略して支配するのは、当たり前のことであった。世界の歴史はそうゆう事例に満ちている。しかし近代において、人権思想の発達とともに、個人の人権を尊重するように、集団としての民族や国家の権利も尊重されなければならないと、考えられるようになった。<br />　それが国際的に明確に打ち出されたのが、９０年まえの第一次世界大戦後のヴェルサイユ講和会議における、民族自決・民族独立の原則であって、その結果、東ヨーロッパに八つの独立国が誕生した。ただし欧米諸国の植民地が殆どだったアジア・アフリカには、その原則は適用されなかった。この基本的矛盾を解消したのが大東亜戦争であり、大英帝国に代表される、植民地支配体制が解体して、アジア・アフリカに、実に多数の独立国が生み出された。<br />　しかし第二次大戦後も、多数の異民族を強権的に支配する、多民族国家が二つ存在した。それがロシア帝国を継承したソ連と、清帝国を再建した中華人民共和国（中共）である。とくに中共は、民族独立の時代に、歴史の流れに全く逆行して、周辺地域を侵略・併合して成立してしまった。その後、２０年程前に、ソ連の共産主義体制は崩壊し、ソ連は民主化されるとともに、国家自体も１５の独立国に解体した。チェコとスロバキアも分離し、ユーゴスラビアは七つの国家に分裂した。すなわちヨーロッパでは、民族独立は更に徹底され、歴史は更に進歩したのである。<br />　ところがアジアは、冷戦は終わったと言うのに、冷戦時代の構造はそのままである。モンゴルを例外として、アジアの共産主義国家は、中共・北朝鮮・ベトナムなど依然として変わらず、つまり民主化されていない。さらに問題は、中共の内部に閉じ込められた民族は、全く独立を遂げていないことである。かつてアメリカのレーガン大統領は、ソ連を「悪の帝国」と呼んで、その打倒に努めた。現在のアメリカは、イランや北朝鮮などを「悪の枢軸」と指定したが、「悪の大帝国」と言うべき中共には、全くの野放し状態である。<br />　アジアにおいて、東西の対立状態が消滅したのは、ヨーロッパとは異なって、アメリカが一方的に中共と妥協してしまったからである。アメリカもそしてヨーロッパも、チベットやウイグルの独立運動を支援しないし、中共の一般的な人権侵害に対しても、全く弱腰になってしまった。現在の世界においては、中共が現実の侵略国家であり、他民族を同化方式で虐殺する虐殺国家であると言う、単純明快な事実が、意図的に隠蔽されているのである。まさに見て見ぬ振りをする「裸の王様」状態である。つまりシナ人の悪逆非道が、大手を振って罷り通る、暗黒の世界になってしまったのである。<br />　アジアにおいては、歴史は進歩せずに停滞するどころか、このままではかえって逆流するだろう。我が日本は、過去を反省しないから、再び同じ過ち=侵略を犯すに違いないと、さんざん言われてきた。現実の侵略国家である中共が、更なる侵略に乗り出すことは、必然の中の必然であり、これほど確実なことはない。<p>
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    <title>権力亡者のピエロ、最高実力者としての小沢一郎の正体</title>
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    <id>tag:sakainobuhiko.com,2009://1.69</id>

    <published>2009-12-27T19:25:15Z</published>
    <updated>2009-12-29T16:01:46Z</updated>

    <summary>　前稿に続いて、小沢一郎について述べることにしたい。実際の政治を中心的に動かして...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="小沢一郎　民主党　天皇　田中角栄　鄧小平　権力" label="小沢一郎　民主党　天皇　田中角栄　鄧小平　権力" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        <![CDATA[　<a href="http://sakainobuhiko.com/2009/12/post-64.html">前稿</a>に続いて、小沢一郎について述べることにしたい。実際の政治を中心的に動かしている人間が、陰に隠れてしかるべき地位・役職についていないとき、それは最高実力者あるいは最高権力者と表現される。小沢一郎は、民主党幹事長と言う公的な地位にあるが、その力は民主党代表で内閣総理大臣である、鳩山由紀夫より上であるから、最高実力者といわざるを得ない。それは以前から随所の感じられていたことであるが、最近の天皇会見問題や、来年度の予算編成において、改めて明確になった。]]>
        <![CDATA[<p>　正確な意味での最高実力者とは言えないかもしれないが、影の実力者としては、田中角栄が最も顕著なものであろう。田中は１９７２年総理大臣となり、直ちに中共を訪問して、日中国交を成立させた。この拙速外交が、今日の日本没落の端緒となったことは間違いない。しかしロッキード問題が起こって、二年半ほどで総理を退いた。さらにその二年後には逮捕され、有罪判決を受ける。しかしその後も政治的実力は維持し、仲の悪かった三木・福田時代はともかく、以後の大平・鈴木・中曽根時代には、大きな影響力を振るった。長期に亘った中曽根時代は、田中曽根とも表現されるほどである。しかしあまりにも自己の派閥を押さえ込んだために、子分である竹下登に裏切られ、脳梗塞を発病する。<br />　本物の最高実力者の例としては、外国の場合であるが、中共の鄧小平が有名である。鄧は何度も失脚を乗り越えて復活し、華国鋒時代の１９７８年に最高実力者になったようである。胡耀邦が８１年に党主席、翌年に党総書記として表面的な統治者になったが、実権は鄧が握り続けていた。８７年には胡を解任して趙紫陽をすえたが、８９年の天安門事件で趙も解任して、江沢民を総書記とした。鄧は９７年に死去するが、９３年に江が国家主席になるころまでは、最高実力者であったらしい。鄧小平は良くも悪くも、今日の中共を作った、偉大な政治家であったことは間違いない。<br />　小沢一郎は田中角栄を手本としたと言われるが、もともと体質的に共通するものがあったのであろう。同じ体質の者同志は、反発する場合もあるが、強く惹かれあう場合もあるものである。田中と小沢と共通するのは、極めて強度の権力欲と金銭欲とである。ただし田中の場合は、遅れた裏日本の人々の暮らしを楽にするために権力を握り、権力を振るうために金銭を利用するという、それなりの合理性が感じられるが、小沢の場合はひたすら権力欲に集中している印象が強い。それが記者会見などに現れる、傲慢不遜な態度となるのであろう。要するに小沢は、権力を握ること、具体的には選挙に勝つこと自体を目的とする、権力の亡者であると言わざるを得ない。なお、田中と小沢が、シナ・中共と妙に馬が合うのも、この権力欲・金銭欲を追求する体質と関係していると考えるべきである。<br />　権力欲に集中する小沢は、最近では更に暴走気味である。最高実力者は、本来陰に隠れて表に出てこないものだが、小沢は最高権力者であることを、満天下にひけらかしたくて、仕方がないらしい。それが前稿でも述べた、大訪中団や天皇会見問題になったわけである。しかし小沢の周囲にいる関係者も実にだらしがない。最高権力者に唯々諾々と従うだけなのだ。総理大臣鳩山由紀夫はもちろん、威勢が良かった亀井静香も、小沢の前では文字通り静かになってしまった。以前は犬猿の仲といわれた野中広務も、小沢に膝を屈した。そして同じく腑甲斐ないのがマスコミである。日本のマスコミは、強く出るものに対しては、まことに弱いのだ。戦争中の軍部、戦後のアメリカ占領軍、そして現在の中共と、強いものには常にあっけなく隷属している。<br />　国内的には傲岸不遜の小沢も、対外的には、とくにシナ人・朝鮮人に対しては、極めて卑屈である。日本での仏頂面が、中共・韓国に行くと、不気味なまでの愛想笑いになる。幾ら国内で威張ってみても、外に出ればたちまち卑小な正体がばれてしまうのだ。小沢一郎は、まさに裸の王様状態で、誰も本当のことを言わないが、客観的に見れば、権力亡者のピエロに過ぎない。最高実力者といっても、鄧小平とは全く逆である。つまり我が日本は、権力亡者のピエロが最高実力者となり、それが外国に操られる、とてつもなく駄目な国になってしまったのである。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
    </content>
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    <title>自殺者は日米経済戦争の戦死者だ</title>
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    <id>tag:sakainobuhiko.com,2009://1.68</id>

    <published>2009-12-22T12:03:43Z</published>
    <updated>2009-12-29T16:00:19Z</updated>

    <summary>『月刊日本』2010年1月号　羅針盤 　朝日新聞の十二月六日朝刊、オピニオン欄の...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="月刊日本 羅針盤" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="自殺者日米経済戦争岡田克也五百旗頭真久保文明藤田直央プラザ合意構造協議年次改革要望書小泉改革ハンチントン" label="自殺者 日米経済戦争 岡田克也 五百旗頭真 久保文明 藤田直央 プラザ合意 構造協議 年次改革要望書 小泉改革 ハンチントン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        <![CDATA[<p>『月刊日本』2010年1月号　羅針盤</p>
<p>　朝日新聞の十二月六日朝刊、オピニオン欄の「世界衆論」のところに、「日米安保50周年　日本外交を問う」と題する、丸々一ページを使った座談会が載っている。出席者は、岡田克也・外務大臣、五百旗頭真・防衛大学校長、久保文明という東大教授の政治学者、藤田直央という朝日の記者、以上の四人である。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　この中で五百旗頭氏が言っていることが、なかなか興味深い。日本の戦後は、「米国の力を日本の安全に活用した日米同盟があったので、軽軍備でやっていけた。米国はGDP（国内総生産）の４％以上を軍事費に投入し、今や平和な欧州も３％の軍事費を費やしている。日本は０・９パーセントで済んでいる。」「もし日米間に信頼が失われ、日米同盟が揺らげば、例えば核とミサイルで北朝鮮から脅かされる際に、日本の中では危機感が過熱し、『核武装が必要だ』とか『自前の完結した軍事能力がいる』となる。そうなれば欧州のように軍事費は３％水準になる。」<br />　同じようなことは、元外交官も言っている。十月二十一日の産経新聞によれば、松山市で前日行われた、愛媛正論懇話会の講演で、前駐米大使でプロ野球コミッショナーの加藤良三氏が、「日米安保廃棄で日本がGDP（国内総生産）比で防衛費を諸外国並みとすれば、さらに数兆円規模の予算が必要になる」と言ったという。両氏が語っているのは、従来から常々言われてきた、安保条約のおかげで日本の軍事費が少なくて済み、経済的に助かっていると言う話である。それは戦後の経済復興の時期だけでなく、現在においてもそうだから、安保条約を維持すべきと言う論であり、これ自体は極めて陳腐な議論である。<br />　日本の軍備について殆ど知識のない私が、両氏の話で特に感銘を受けたのは、軍事大国のアメリカはいざ知らず、諸外国並み、欧州並みの軍事費を投入すれば、「自前の完結した軍事能力」も持てるし、核武装もできるという指摘である。すなわちそうなれば、安保条約は廃棄することができるのである。五百旗頭氏は、その言動についていろいろ批判されている人物であるが、防衛大学の校長なのだから、日本の防衛についてデタラメなことを言っているわけはないだろう。高級外務官僚だった加藤氏も同じだろう。この指摘は私にとって、新鮮な驚きであった。<br />　ただし私は以前から、安保条約のおかげで日本の経済が助かってきた、という説明には本当なのかと疑念を抱いてきた。経済成長期に、安保のおかげで経済に集中できたとされるが、例えば中共では、急速な経済成長と軍備の大拡張とは、立派に両立してきた。更に言えば、通説とは全く逆に、安保条約のために、日本の経済が甚大な被害を受けた側面があるのではないか。それは日本の経済が成長するにつれて、アメリカが警戒するようになったことである。一般にソ連の崩壊によって、アメリカの警戒対象が、ソ連の軍備から日本の経済に移ったとされるが、それ以前から日米経済摩擦は存在した。経済における対日攻撃は、プラザ合意、構造協議、年次改革要望書などと続き、小泉改革にまで至る。<br />　問題はその攻撃に対して、日本の政治家も官僚も、たいした抵抗もできずに屈服してしまったことである。この戦後の経済的敗戦を、「第二の敗戦」と言っているが、第一の敗戦と大きく違うのは、戦わずして負けたということである。ではなぜだらしなく屈服してしまったかと言えば、それは国防をアメリカに完全に依存した、アメリカの保護国であるからに他ならない。つまり日米安保があったために、日本は甚大な被害を蒙って、経済的に敗北したと言うことになる。それが「失われた十年」どころか二十年であり、この間GDP は殆ど伸びず、一人当たりGDPで見れば、世界三位から一挙に二十位近くに急落した。<br />&nbsp;ところで現在の経済の苦境の原因を、小泉改革のみに求める人がいるが、それは明らかに正しくない。最も簡単に分かるのは、自殺者の数である。自殺者数が、それまでコンスタントに維持していた二万人台から、一挙に八千五百人増えて三万人台になったのが、一九九八年（平成十年）である。それに対し、小泉首相の登場は三年後の二〇〇一年の四月である。以後、自殺者数は現在まで、一貫して三万人台を保ち続けている。自殺の原因はいろいろあるとしても、その根本原因は経済の不況であることは、全く疑いようもない。<br />　つまり不況の自殺者とは、端的に言って日米経済戦争における戦死者なのである。大雑把に計算すれば、毎年約一万人として、すでに十二万人になっている。これは日露戦争の戦死者、数万人の二倍の数字である。日本の政治家も官僚も、日本の国家権力を握っている人間どもは、日本国民の財産どころか生命すら守っていない。すなわち日本の安全を守るため、日本人の生命を守るための日米安保条約が、実際には日本人の大量の生命を奪っているのである。これほど愚かしい話は、世界の歴史上にも滅多にないであろう。<br />　日本は日米安保条約を終了して、軍事的にも自分自身の足で立つべきである。先述したように、その費用は大してかからない。「今や平和な欧州」ですら出している程度の額なのである。民主党政権は、子供手当てに大金を投入しようとしているのであり、日本の真の独立のためなら、なんでもない金額ではないか。<br />　真の独立ができない内に、アメリカが衰退し、中共が興隆すれば、ハンチントンが言ったように、日本はアメリカの保護国から、中共の保護国に転身するだけである。現に民主党政権は、それを構想しているようだ。鳩山首相の東アジア共同体にしても、小沢幹事長の大型訪中団にしても、その具体的な表れだろう。ただし中共の保護国になることは、アメリカの保護国と違って、その先があることを知っておかなければならない。私が以前から指摘していることだが、そこには日本国家の亡国と、更には日本民族そのものの滅亡とが待ちうけているのである。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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    <title>小沢一郎・亡国政治家の本命が権力を握った</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sakainobuhiko.com/2009/12/post-64.html" />
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    <published>2009-12-20T02:05:53Z</published>
    <updated>2009-12-29T15:56:45Z</updated>

    <summary>　１２月１５日に行われた、天皇陛下と中共国家副主席・習近平との会見が実現する経緯...</summary>
    <author>
        <name>中の人</name>
        
    </author>
    
        <category term="時評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="小沢一郎亡国政治家天皇陛下習近平政治利用実質的支配者不敬尊厳毀損中曽根康弘宮沢喜一河野洋平" label="小沢一郎 亡国政治家 天皇陛下 習近平 政治利用 実質的支配者 不敬 尊厳 毀損 中曽根康弘 宮沢喜一 河野洋平" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://sakainobuhiko.com/">
        　１２月１５日に行われた、天皇陛下と中共国家副主席・習近平との会見が実現する経緯が、大きな政治問題になった。それは外交ルールに基づいて、いったん中止になり、両者が了解していたものを、中共側が再度蒸し返して、小沢民主党幹事長に働きかけ、小沢がそれを強引に実現させてしまったからである。そしてそれを、宮内庁長官が記者会見を開いて抗議し、またそれに対して小沢幹事長が、感情むき出しで再三に亘って反論している状況である。
        <![CDATA[<p>　今回の問題に関しては、全般的に政府が取った処置に対して批判的である。閣僚の多くは賛成し、その中には国民新党の亀井大臣も含まれているようだが、民主党の中でも明確に反対する人間はいた。自民党はかなり強い態度で抗議しているが、ただし迫力は感じられない。公明党は賛成を表明した。そしてこの問題に関しては、かの朝日新聞すら批判的であるのは、いかに誤った処置であったかを証明している。<br />　それらの反対の理由は、基本的に天皇の政治利用ということだが、今回の問題の本質は、そんな生易しいものではなく、更に深刻で悪質だと、私は考える。それは天皇の尊厳さを、大きく傷つけたことにあるのではないか。しかも二重の意味で、尊厳さの毀損が行われたと言える。それには対内的な意味と、対外的な意味とである。<br />　小沢は長官の辞任を要求した１４日の会見で、天皇は「何をするにしても内閣の助言と承認が必要だと憲法に書いてある」と言ったが、小沢自身は内閣の一員ではなく、一政党の幹事長である。したがってこの問題について論ずる資格が、本来小沢にはないのである。それを傲慢な態度で小沢がやったのは、総理大臣より自分の方が上で、実質的支配者だと言わんばかりである。もちろんこれまでも種々の問題で、小沢は支配者面をしてきたが、今回は他ならぬ皇室に直接関わる問題である。結局小沢は、自分は内閣より上で、天皇に指示できる立場であり、だから天皇より偉いのだと公言しているのと同じである。まことに不敬の極みと言うしかない。これが対内的な意味である。<br />　次に対外的意味は、もちろん中共との関係である。中共はいったん断られた国家副主席の天皇陛下との会見を、外交礼儀を無視して、つまり非礼にも再度要求し、小沢を利用することによって、ものの見事に実現してしまった。天皇という最も高貴な存在に対してすらも、自己の不当な要求を強引に貫徹したのであり、天皇の尊厳は大きく損なわれた。朝日新聞さえ、次のように報じている。「外務省関係者は『中国は日本に無理を言えば応じると考えがちだったが、今回、図らずもそれを確信させてしまった』とも漏らした」すさまじいまでの、外交的な敗北である。そしてそれによって、今までも歴史問題などで進行していた、日本人の対中精神隷属は、更に一段と深化したのである。<br />　先稿<a href="http://sakainobuhiko.com/2009/11/post-36.html">「保守の根本原理　何から何を守るのか」</a>で説明したように、日本民族の真の敵はシナ人である。そのシナ人に対して、天皇の尊厳を毀損してすら迎合・隷属する小沢は、正真正銘の民族の裏切り者、民族の屑である。したがって亡国政治家の、本命中の本命であると言わなければならない。もちろん自民党時代にもすでに中共こびる亡国政治家は、存在した。代表的なのは、中曽根康弘・宮沢喜一・河野洋平と言った人々である。しかしこれらの人物と小沢とでは、明らかにレベルが丸で違う。その害毒も比較にならないほど大きい。辣腕の最高の権力者が、最悪の内部の敵になったのだ。これ以上の日本の危機があるだろうか。</p><a href="http://blog.with2.net/link.php?949115"><img border="0" alt="人気ブログランキングへ" src="http://image.with2.net/img/banner/banner_21.gif" width="88" height="31" /></a> ←多くの皆さんに知ってもらうためにもクリックをお願いします。]]>
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