Home

酒井信彦の日本ナショナリズム

皇室の〝三重権威〟問題

『月刊日本』2019年6月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2019年5月22日

 平成天皇(現上皇)の退位の意向が報道されてから、約3年弱の5月1日、天皇の代替わりが実現した。生前の譲位は江戸時代以前には、普通に行われたことであり、決して不自然ではないと、上皇はおっしゃった。だからと言って、皇室のあり方が、江戸時代以前に戻ったかと言えば、それは明らかに相違している。

 今回、全く議論されなかったが、明治に始まった一世一元の制度が変質したことは重要である。江戸時代までは、大化以来年号と天皇在位期間とは、基本的一致していなかった。明治に明・清の制度に倣って、一世一元制を取り入れ、これはそれなりに安定した制度であった。しかしそれは奇妙に崩れたから、時代の区切りが、完全にぼやけるだろう。

 具体的には、二重権威の問題がある。天皇と上皇が存在することによって。権威が分裂するという問題である。それは江戸時代でも同じだと考えるのは全くの誤りである。江戸時代の皇室のあり方は、現在と全く異なっていた。そのことがほとんど理解されていない。

続きを読む

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

緒方竹虎と三浦梧楼

『月刊日本』2019年5月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2019年4月22日

 5月1日の天皇の代替わりに伴って、一ケ月繰り上げた形で、4月1日に新しい元号が発表された。それは「令和」だったが、選考過程などの推測も交えて、新聞各紙では大量の報道がなされた。4月6日の朝日「メディアタイムス」欄によると、2日朝刊では地方版以外で、読売15、毎日12、朝日11、産経10、日経9のページ数だったという。発表直後には号外が出されたが、その部数は読売約103万、朝日約20万、産経約9千、毎日非公表で、日経はださなかった。人々はそれを文字通り奪い合って手に入れていた。インターネットの時代になっても、号外にはそれなりに人を引き付けるものがあるようである。したがって昔においては、さらに号外は魅力的であり、新聞各社はスクープによる号外合戦にしのぎを削ったわけである。

 ところで秘密保持に、多大な苦心が払われたとされる今回、スクープは起こらなかったが、メディアの取材合戦は、どのようなものであったのだろうか。私が簡単に各紙に目を通した印象で言えば、毎日新聞がかなり気合をいれていたように感じられた。そうだとすれば毎日新聞には、元号スクープに関して過去の歴史のトラウマがあり、強い思い入れがあったと考えられるのである。

 すなわち、まず明治天皇崩御による、「大正」元号においては、新人記者・緒方竹虎のスクープによって、朝日新聞が圧勝した。それを無念と感じていたことであろう毎日は、大正天皇崩御による元号スクープ合戦で、「光文」に決定したとの号外を出す勇み足をして、社長の辞任に至ったという。これを「光文事件」と称するらしい。そのために、真実か不明だが、昭和天皇崩御による新元号の場合には、「平成」とつかんでいたのだが、号外の発行に踏みきれなかったと言われている。

続きを読む

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

平成の敗戦

『月刊日本』2019年4月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2019年3月22日

 天皇陛下は昨年の天皇誕生日に続いて、在位三十周年式典のお言葉でも、平成の時代は戦争がなかったと述べられ、また皇太子殿下も誕生日の会見で、同じ表現を使われていたと記憶する。しかし本誌2月号で指摘したように、平成の時代は不況によって、膨大な自殺者の増加を見たのであり、しかもそれは日米経済戦争の戦死者なのである。平成の時代を、戦争のない平和な時代であったと認識するは間違である。

 つまり平成の時代とは本当は極めて悲劇的な時代であるのだが、平成の悲劇はそれだけにとどまらない。さらに日本を襲った重大な「戦死」が存在することを見逃してはならない。不況による自殺者は、「生物的」な死であるが、それよりはるかに悲劇的でしかも膨大なのは、目に見えない「精神的な死」である。しかも生物的な自殺者数は、現在は以前の状態を回復しているが、精神の死の方はいっそうひどくなり、回復の見通しは全く立っていない。

 では精神の死とは何か。それは例の歴史問題が原因である。それが紛れもない戦死であることは、本稿の後方で説明しよう。

 歴史問題の淵源は、日本の敗戦による東京裁判にあるが、現在まで続く国際問題としての歴史問題の勃発は、1982年の第一次教科書事件で1986年の第二次ある。その後1教科書事件・靖国参拝問題と続く。この歴史問題の展開には、基本的なメカニズムがある。それは日本のメディアが騒ぎ出し、中共・韓国が日本政府に抗議し、日本政府が屈服するというメカニズムである。第一次教科書事件の際は、侵略を進出に書き換えたとの報道が、完全なフェイク・ニュースだったにもかわらず、近隣諸国条項を作ってしまった。歴史問題の重大化には、日本人自身が深く関与しているのである。

続きを読む

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

地位協定を改定できない根本原因

『月刊日本』2019年3月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2019年2月22日

 朝日新聞は朝刊の「教えて!」欄で、1月24日から六回にわたって「日米地位協定」を取り上げている。第一回の、沖縄の銃弾被害と騒音問題からはじまり、第二回が「米軍に特権 成り立ちは?」としてその歴史、第三回が「東京の空 自由に飛べない?」で、横田空域の問題、第四回が「改定求める声に政府は?」で、日本政府が動かないこと、第五回が「ドイツやイタリア どんな協定?」で、改定が行われたドイツ・イタリアの実例、第六回が「米軍、他国で裁判免れる特権 なぜ」で、アメリカが世界中で結んでいる地位協定の目的、といった構成である。

 地位協定の問題とは、これは基本的に、明治の条約改正問題と類似しているといえるだろう。江戸時代、安政の不平等条約によって、領事裁判権という治外法権と関税自主権の欠如という問題を抱え込んだ。そのために明治政府は、この改正を重要課題としたが、それは容易に達成できず、日本が帝国主義国家の一員として認められるようになって、ようやく実現した。

 日米地位協定は、占領最末期に結ばれた日米行政協定を、60年安保の際に改定したものである。第二回の説明では、「行政協定から地位協定へ。表向きは主権を回復した装いをほどこしながら、内容はほぼ引き継がれ、米軍の自由裁量は大幅に残された」と言っている。

続きを読む

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

日米経済戦争の戦死者

『月刊日本』2019年2月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2019年1月22日

 天皇陛下が12月20日に行われた最後の記者会見の内容が、お誕生日を前にして公表され、23日の新聞などで報道されている。そこでは天皇陛下が、極めて感情的に語られたのが印象的であった。内容的に注目されたのは、「平成の時代には戦争がなくて安堵した」という部分で、朝日新聞一面トップの見出しにもなっているし、同紙の皇室記者・岩井克己氏は最も強烈だったと評している。それは以下の御述懐である。

 「そうした中で平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています。」しかし、この「戦争のない時代」というお言葉は、平成時代を正確に表現しているだろうか。私は甚だ疑問に考えるものである。

続きを読む

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

Index of all entries

Home

検索
Nationalism_botをフォローしましょう

Twitterをお楽しみの方は、
Followしてください。

リンク集
フィード購読リンク
QRコード
 
QR_Code.jpg

このブログを携帯でご覧になれます

ページのトップに戻る