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皇室の〝三重権威〟問題

『月刊日本』2019年6月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2019年5月22日

 平成天皇(現上皇)の退位の意向が報道されてから、約3年弱の5月1日、天皇の代替わりが実現した。生前の譲位は江戸時代以前には、普通に行われたことであり、決して不自然ではないと、上皇はおっしゃった。だからと言って、皇室のあり方が、江戸時代以前に戻ったかと言えば、それは明らかに相違している。

 今回、全く議論されなかったが、明治に始まった一世一元の制度が変質したことは重要である。江戸時代までは、大化以来年号と天皇在位期間とは、基本的一致していなかった。明治に明・清の制度に倣って、一世一元制を取り入れ、これはそれなりに安定した制度であった。しかしそれは奇妙に崩れたから、時代の区切りが、完全にぼやけるだろう。

 具体的には、二重権威の問題がある。天皇と上皇が存在することによって。権威が分裂するという問題である。それは江戸時代でも同じだと考えるのは全くの誤りである。江戸時代の皇室のあり方は、現在と全く異なっていた。そのことがほとんど理解されていない。

 例えば江戸時代の天皇は、全くと言って良いほど、御所から外出しなかった。だから後水尾天皇の二条城行幸と言われるわけである。上皇になると少し自由になって後水尾上皇は、遠方の修学院離宮に行かれ、これは行幸と別に御幸という。そして最大の相違は、天皇に関する情報の問題である。天皇は基本的にひっそりとした存在であった。それが途中から尊王論が高まり、攘夷運動と結びついて倒幕に向かう。討幕派は最大限に天皇を利用したわけである。

 南北朝の動乱以後、天皇は完全に権力を喪失して、権威としての存在になっていた。明治になり王政復古と言って、天皇親政を装っているが、藩閥政府が天皇をいただいて政治を行っていたのであり、明治憲法で立憲君主制となったと言っても、その体制は基本的に同一である。昭和天皇は政権の意向によって、開戦と終戦の詔勅を出されたのである。さらに言えば、戦後の日本国憲法体制になっても、それは同じである。敗戦によって、天皇主権から国民主権になったというのは、素晴らしいフィクションにすぎない。

 ところで今回の退位問題は、この国家体制を覆す画期的な事件であった。天皇は政権の意思に反した行動をとられた。そこで天皇本人が利用されたのが、メディア権力である。しかも天皇にとって好都合なことは、メディアの主流が、「安倍政治を許さない」と呼号するように、安倍政権に敵対的であったことである。さらに朝日新聞に代表される、「リベラル」メディアは、平成時代の最初から、「平成流」と称して、平成天皇の言動に好意的であった。そのキーワードは、「憲法を守り」「寄り添い」「ひざまずき」「深い反省」であろう。かくてメディアは、平成天皇の強力な味方となった。世論を作っているのは、結局メディアであるから、安倍政権は世論調査なるものの結果に屈服して、退位を承認した。

 この退位問題によって明らかになったのは、立憲主義なるものの欺瞞性が一層明確になったことである。天皇陛下によって、皇室典範はもちろん日本国憲法が無視されたわけである。したがって、特例法なるものを使えば、憲法に抵触することが、いくらでも実現できることになった。しかし憲法を守れと絶叫していた護憲主義者は、天皇の憲法違反を全く容認してしまった。

 ただし最近、ようやく天皇の行為を批判し出している。例えば、3月7日の朝日新聞朝刊のオピニオン欄の「耕論」で、渡辺治は慰霊行為を「憲法からの逸脱」と言っているくらいだから、退位宣言は完全に「憲法違反」だろう。

 ともかく、今回の退位によって、皇室のあり方は以前にもまして、いっそう不安定になったのは確実である。差し当たって重要なのは、先述した二重権威の問題である。しかも今回は、天皇陛下と年齢の間近な「皇嗣殿下」も誕生した。つまり二重権威にとどまらず三重権威である。秋篠宮皇嗣殿下は、最近の言動にみられるように、今後かなり積極的な言動をとられると思われる。上皇陛下御夫妻も、完全に沈黙されることは、あり得ないであろう。

 江戸時代には、天皇のほかに上皇が何人も存在する時期もあった。しかし現在は江戸時代と比較して、皇室が置かれている客観的な状況は、全く異なっている。それは先述したように巨大なメディアの存在である。三重権威を取り巻いて、各種のメディアが熾烈な報道合戦を展開する可能性が大である。その時、三重権威が完全に団結しているとは限らないだろう。保元平治の乱も、南北朝の乱も、皇室内部の争いから始まっているという歴史を、今こそ明確に認識すべきである。

 

sakai-book01.jpg ← 酒井信彦 著『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』(日新報道 2013/08出版)


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