『月刊日本』2019年7月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2019年6月22日
5月15日の朝日新聞朝刊、オピニオン面にインタビュー「米国超え 中国の夢」という記事がある。インタビューの相手は中国国防大学教授・劉明福(上級大佐)なる人物で、生粋の軍人で軍部でもタカ派で鳴らしているという。聞き手は峯村健司記者で、以前から中共軍部と強力なコネクションがあり、航空母艦の建造開始など、重要な軍事情報をスクープして、ボーン上田賞を受賞しているスター記者である。
陸は胡錦涛政権下の2010年、「中国の夢」を出版してベストセラーだったが発禁処分になった。それが習近平政権になった2012年末に再刊されて、習の唱える「中華民族の復興」という、現代に生きるウルトラ・ナショナリズムである、シナ侵略主義のイデオロギーの原典になったのだという。
「中国の夢」はどんな戦略なのかというと、「私が考える戦略は、三つあります。一つ目が『興国の夢』。中華人民共和国建国100周年の2049年までに経済や科学技術などの総合国力で米国を超え、中華民族の偉大な復興を成し遂げる。二つ目が『強軍の夢』で、世界最強の米軍を上回る一流の軍隊をつくること。そして最後が『統一の夢』で、国家統一の完成です」と答えている。国家統一とは台湾併合のことだという。
2049年まで今後30年の予測は、最初の10年はアメリカが日本を使って圧力をかけてくる時代、次の10年は睨み合いが続く時代、最後の10年はアメリカが衰退して中共が主導権を握る時代であるとする。
峯村の「つまり米国から覇権を奪うことが、中国共産党の最終目的なのですね」という問に対して、陸は「米国を追い抜くことは犯罪ではありません。陸上競技のように競い合ってより良い成績を収めた方が勝つのです。しかし、中国が米国から世界覇権の地位を奪い取るわけではありません。あらゆる覇権国が存在しない新たな世界をつくるのです」と答える。しかしその中共版新秩序と言えば、「中国の国家目標はまさに中華民族の偉大な復興という『中国の夢』の実現です。中核となる戦略がシルクロード経済圏構想『一帯一路』で、世界とつながり、協力し、幸福をもたらします。人類運命共同体をつくることが最終目標なのです」と、ぬけぬけと言う。パックス・シニカ、中共による覇権状態に他ならない。
そこまではっきり言われても、峯村記者は「中国は壮大な戦略を持っているという意見がありますが、私はそうは思いません。米国を意識した受け身的な姿勢に過ぎず、戦略が見えてこないからです」と、全く間抜けな意見を開陳して、陸に「いえ、中国共産党は大戦略を持っていますよ」と毛沢東のソ連牽制のための米国利用や、鄧小平の経済改革による経済大国化の例を挙げられ、「大戦略がなければ、このような奇跡的な発展を成し遂げられないでしょう」と、やり込められてしまうのである。
峯村記者は、最後の「取材を終えて」のさらに末尾で、「劉氏への取材で一つ気になることがあった。タカ派お決まりの対日批判がほとんどなく、協調を呼びかけたことだ。米国との対決の激化に備え、日本を取り込みたい思惑が透けて見えた」と結論している。
日本との協調とは、インタビューの最後で、峯村が「しかし、軍拡を続け、体制も異なる中国への抵抗感が日本人の中で根強いのも事実です」と言ったのに対して、陸が「日本は明治維新で『脱亜入欧』を進めました。第2次大戦後は『脱欧入米』戦略をとりました。そして現在、第3の転換期を迎えていると思います。地理的にも近い中国とアジアの台頭を利用できる好機なのです。今こそ米国偏重から脱し、『アジア回帰』をすべき時ではないでしょうか。中国は米国からの封じ込めを打ち破り、日本は米国による支配から脱し、東アジアの新秩序づくりに向けて協力していくべきです」言っているのを指しているようだ。
ただし陸が対日批判をしなかったのは、日本を取り込みたいという願望より、その直前の応答で、「東アジアは、中国や北朝鮮などの一部の国を除いて、米国の影響下に置かれています。特に日本は、外交・安全保障で米国に厳しくコントロールされている『属国』の状態が続いています。これこそ東アジアの問題なのです」と明言しているように、日本は完全にアメリカの被保護国であり、わざわざ対日批判をする必要がないと考えているからである。
アメリカのトランプ政権が、いかにおかしいと言っても、赤色ファシズム・侵略国家・ジェノサイド国家と三拍子そろった、現役バリバリのナチズム政権・中共政権とは全く違う。中共の覇権が確立することは、全世界がジョージ・オーウェルの世界になることだ。
← 酒井信彦 著『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』(日新報道 2013/08出版)
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