【新聞に喝!】産経新聞 2017.3.26
鉄道自殺の報道に思う 元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦
http://www.sankei.com/column/news/170326/clm1703260007-n1.html
3月5日の夜、東急東横線の祐天寺駅(東京都目黒区)で、中学2年の男子生徒が電車にはねられて死亡した。私が目にした範囲では、朝日新聞の6日の夕刊と産経新聞の7日の朝刊に小さな記事が載っている。防犯カメラの映像から、少年はホームから飛び込んだようで、警察は自殺であると判断しているという。
鉄道自殺の記事が新聞に載るのは、実はきわめて珍しい。この記事には「人身事故」という言葉が使われていないが、ふつうは「人身事故」と表現されるだけで、自殺である“事実”は隠されているようだ。しかも新聞の本紙には載らず、新聞の電子版の方には数多く出てくる。
それは毎日のように起きており、何月何日の何時ごろに、何線の何駅で人身事故が発生し、何時ごろ復旧したが、何人の乗客に影響を与えた−ときわめて簡略に書かれている。どんな人間であるかは全く説明されない。つまり、徹底的に電車の遅延問題として扱われるわけである。
一方、誤って人間がホームから線路へ転落する事故がある。転落自体は数多くあるらしいが、運悪く亡くなる場合はまれである。最近では、1月14日にJR京浜東北線蕨駅(埼玉県蕨市)で、視覚障害の男性が盲導犬を連れていたにもかかわらず、線路へ転落して亡くなった。この事故は新聞でも大きく報道された結果、多くの駅でホームドアの前倒しの設置が決まったという。
ところで、このような純粋な転落事故は人身事故に間違いないが、自ら飛び込む自殺は事故といえるのだろうか。事故というのは、あくまでも誤って起きてしまうものを言うべきだ。自殺であっても一種の殺人事件であり、事故ではなくて明らかに事件であるといえる。
5日の産経新聞によると、2003年には3万4427人と、最大のピークを記録した日本人の自殺者数も、次第に減少に転じてきており、昨年の確定値では、2万1897人となっている。しかし、いまだに2万人を超えているわけである。政府は10年後にこれを1万4千〜1万5千人以下にする方針であるという。
この記事では、12年の先進国における人口10万人当たりの自殺率は、日本が18・5に対して、フランス12・3、米国12・1、カナダ9・8、ドイツ9・2、英国6・2、イタリアに至っては4・7である。
新聞社側には、その影響を考慮して、自殺報道は控えるべきだとの判断もあるようだ。しかし現実には、これだけ大量に発生している以上、この悲惨な事実を、自殺の問題として正確に報道し、それを減少させるために、警鐘を鳴らすべきではないのか。
【プロフィル】酒井信彦
さかい・のぶひこ 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂所で『大日本史料』の編纂に従事。
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