『月刊日本』2020年9月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2020年8月22日
コロナ以後、アメリカの中国批判は次第に拡大し、領事館の閉鎖にまで発展していたが、7月23日にポンペオ国務長官による、決定的な講演が行われた。この講演で同長官は、アメリカの従来の中国関与政策は完全に失敗したと断言し、習国家主席を破綻した全体主義思想の信奉者であると決めつけた。トランプ政権による明確な中国批判は、ペンス副大統領が、以前に二回ほど行っていたが、決定版が登場したわけである。
このアメリカと中国の対決を、「新冷戦」と形容する向きがあるようである。私が見たNHKBSの中国のニュースでも、画面に「新冷戦」と表示されていた。しかし私はこの「新冷戦」と言う表現は、二重の意味で間違っていると考えるものである。
そもそも本来の戦後の冷戦体制なる言い方も、当時の現実を正確に反映していない。自由主義と共産主義の、相いれない両陣営が対立していたが、実際の戦争状態にならなかったから、「冷たい戦争」、冷戦と言うわけである。しかしこれはヨーロッパの状況を表現しているに過ぎない。アジアはどうであったのか。アジアには朝鮮戦争とベトナム戦争と言う、二つの大規模戦争が出現した。つまりアジアは冷戦ではなく、「熱い戦争」、「熱戦」状態にあったのである。冷戦体制と言う言い方は、あくまでもヨーロッパ中心の歴史観である。
そして約30年前、ソ連の崩壊によって冷戦体制も崩壊したとされるが、これも大いなる錯覚である。ヨーロッパにおいては、ソ連の衛星国であった東欧諸国が民主化され東西ドイツも統合した。ソ連自体も民主化されて解体し、多くの独立国が誕生した。東欧では民主化された国が、さらに再分割されることにもなった。
しかしアジアでは共産主義国家は民主化されなかった。中国・北朝鮮・ベトナムは共産主義のままである。唯一民主化されたのがモンゴルであり、それはモンゴルがソ連の衛星国であったためである。ただしアジアでもソ連に属していた、中央アジアのイスラム五カ国は、独立し民主化されたが、中国は解体されず、ウイグル人は独立できなかった。つまりアジアでは冷戦体制は、基本的に崩壊しなかった。したがって民主化と民族独立と言う、歴史の進歩を示す二つの課題は、ともに達成できなかったのである。アジアはあるべき変化に、取り残された。
北朝鮮が民主化しなかったのは、その後ろ盾である中国自身が、共産主義のままで民主化しなかったからであるが、中国の民主化の可能性が、ほの見えた瞬間もあった。ソ連崩壊の直前、1989年に天安門事件が起きたが、それはむなしく圧殺されてしまった。以後、鄧小平は経済成長に没頭して急成長を遂げたが、その間「韜光養晦」路線を採用して、世界の警戒心を逸らす作戦に出た。つまり「猫を被って」いたわけである。ただし、その間にも事あるごとに「覇権は求めない」と言っていたから、その野心はおのずから表れていたと言える。覇権を求めないものが、わざわざそんなことを言うはずがないからである。
しかしアメリカをはじめとする世界は、中国の野心に対してあまりにも鈍感であった。中国は経済成長に基づく軍事大国化に伴って、次第にその野心を明確に表し始める。鄧小平以後、江沢民・胡錦涛と続き習近平に至ると、「中華民族の偉大な復興」と言う言葉によって、露骨なまでに表現されるようになった。南シナ海・東シナ海への軍事的侵略とともに、一帯一路政策による経済圏の形成を通じて覇権の実現を目指している。ちょうどその時、コロナウイルスによるバイオテロによって、全世界に、特にアメリカに対して甚大なダメージを与えることができたのは、大成功と言えるだろう。
すなわち今日の米中対立が明確化したのは、別に新しい冷戦がはじまったわけではなく、冷戦はずっと継続していたのである。アメリカが、そして全世界が愚かにも見逃していた、中華人民共和国という現在に生きるナチズム国家の正体を、やっと正面から直視するようになったと言う事にすぎない。
アメリカが本気で、中国と言う無道国家と対決すると言うなら、まず台湾の独立を承認するべきである。さらに、ポンペオ講演では、ウイグル問題に言及されているが、いまだに人権問題と捉えられているだけである。中国は根本的に不当極まる侵略国家なのであるから、ウイグル・チベットの独立を言明し、これを支援すべきである。30年前に、ソ連を崩壊させたように、ナチズム国家・中国を打倒して、放置されてきた、歴史の宿題を解決しなければならない。要するに中国自身の民主化と、侵略支配されている諸民族の独立である。それこそがアメリカの果たすべき使命である。
← 酒井信彦 著『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』(日新報道 2013/08出版)
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