『月刊日本』2020年10月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2020年9月23日
8月30日から9月4日まで、ビストルチル上院議長を団長とする、90人に及ぶチェコの訪問団が、外交関係のない台湾を訪問した。同議長は大統領に次ぐ、第二位の存在であり、中国の強硬な反対があったにもかかわらず、実行されたものである。ビストルチル議長は、9月1日に台湾の国会に当たる立法院で演説し、3日には蔡英文総統と会談した。
9月2日の産経の記事で、立法院での演説を紹介すると、まず「中国が訪問に反発していることを念頭に『世界各地の議会は、民主主義の原則と自由の精神を守らなければならない』と強調した。その上で『国会で作る法律は人々を守るためのものであり、人々の自由を制限するものであってはならない』と語った」とある。このあたりは、香港の国家安全法を意識したものであろう。
そして「ビストルチル氏はケネディ元米大統領が東西冷戦中の1963年、共産主義体制の脅威の最前線にあった西ベルリンで演説し、『私はベルリン市民』と支持を表明したことに言及。『私も自分の形で台湾への支持を表現したい』として、中国語で『私は台湾人』と訴えた。この言葉に立法委員(国会議員)らは総立ちとなり、議場では大きな拍手が約1分間鳴り響いた」という。
9月3日、議長は蔡総統と会談したが、4日の産経記事のリードによれば、総統は「『チェコは台湾と同じように独裁政権に反抗し、民主主義と自由を求めた歴史がある』と述べ、基本的な価値観を共有していると強調した。さらに、中国の強硬な反発を押し切って訪台した一行の決断を高く評価した」という。
この記事には、ビストルチル議長は台湾の外交部長との共同会見で、「中国の王毅国務委員兼外相が、今回の訪台について『一つの中国原則に違反した』『一線を越えた』などと批判していることについて、『一線を越えたとは思っていない。全ての国は自ら外国との条約を理解し解釈する権利がある』と反論した」とある。
この王毅外相の批判と言うのは、同外相は8月25日から9月1日まで、ヨーロッパ5カ国を歴訪していたが、最後のベルリンでのマース独外相との共同会見の場で、ビストルチル演説について「『これは公然とした挑発だ。一線を越えた』と猛反発した。また、『必要な対応を取らざるを得ない』と述べ、報復を示唆した」(3日、産経)というものである。これに対してマース外相は同調せず、かえって牽制したという。
ビストルチル議長の台湾訪問については、産経新聞が熱心に報道していた。それは8月31日の台湾到着から、9月6日の記事まで、文字通り連日に及んでいる。一方、朝日新聞は驚くほど消極的であり、極めて対照的である。読売・毎日などの各紙と比較してもそうである。ほとんど唯一のまとまった記事といえば、演説翌日の2日のもので、見出しに「チェコ上院議長、訪台」「背景に『反中の世論』 中国、猛反発」とある記事である。産経の記事は演説の内容を具体的に紹介していたが、朝日が演説について述べているのは、「私は台湾人です」といったことだけである。自由と民主主義という、普遍的価値観に言及したことには、まるで触れていない。
次いでこの記事は、チェコ国内で大統領や政府の反対があったのに、なぜ決行されたかの説明になる。「決定打は中国の『脅し』だった」という。訪台は死亡したクベラ前議長が計画したものだが、「それを知った中国側はチェコ大統領府に書簡を送り中国が複数のチェコの大企業にとっての『国外最大の市場だ』と指摘し『訪問は誰のためにもならない』と中国からの排除を示唆した」。この脅迫に反発した現議長が、訪台を決行したのだという。
なおこの問題には、アメリカが関与しているようである。この記事には、「ポンペオ米国務長官も8月にチェコを訪問し、上院で『(中国は)我々のような自由な社会を恐れている』と述べ、訪台を後押しした」とある。また9月5日の朝日の記事では、「台湾当局と、日米と欧州連合(EU)の在台湾窓口機関が4日、台北市で経済フォーラムを共催し、訪台中のチェコ上院議長を招いた」とある。このフォームは、アメリカが中心となって開かれたものだが、欧州連合とさらに日本が参加しているのが注目される。今後、中国がチェコに対して、卑劣な報復に出ることは、前例から考えても、王毅外相の発言によっても間違いないが、これらの国がどれだけチェコを支援できるか、注目されるところである。
朝日新聞が極めて消極的な報道をしたのは、これが明らかに中国外交の大失敗であるからである。「歴史の目撃者論」による中国忖度が社是である朝日としては、控えめにならざるを得なかったのである。
← 酒井信彦 著『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』(日新報道 2013/08出版)
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