『月刊日本』2020年11月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2020年10月22日
安倍首相が病気の悪化を理由として、八月末に急遽辞任した。その後の後継争いでは、菅官房長官が首相の座を射止めた。安倍政権の業績に関しては、似非リベラルメディアが、懸命にこき下ろす一方、保守系の雑誌では称賛の嵐と言って良い。そこで本稿では、私なりに安倍政権の「負の遺産」について述べてみたい。
まず、拙速に悪質極まる法律を作ってしまったことがある。それこそがヘイトスピーチ解消法である。最初は野党が提案したものであったが、それを与党の自民・公明によって、とんでもない改悪が行われて、そのまま成立してしまった。この法律は2016年4月8日に参議院に提出され、同院の法務委員会・本会議、衆議院法務委員会と、とんとん拍子に進み、5月24日に衆議院本会議で成立した。しかもその直後6月4日には施行されるという、驚くべきスピード振りであった。
改悪の点とは、被害者の対象をすべての人間とせず、「本邦外身者」としたことである。これこそ憲法の自由と平等に違反しているのであるから、野党やとりわけ似非リベラルメディアが大反対しなければならないのに、問題にされること無く成立した。このこと自体、日本の民主主義が、いかにいい加減なものであるかをよく表している。
この法律はいわゆる理念法であって、罰則を伴わなかったが、その後各自治体で条例化する動きが出てきて、特に川崎市では最高50万円の罰金を課す条例を19年に制定し、翌年7月に発効してしまった。
またこの法律の成立以後、事あるごとに政治家などの発言を、執拗に問題視する風潮を生み出した。最近では、コロナ騒ぎに関連して、盛んに誹謗中傷が叫ばれているのは、その端的な影響であると言える。
以上は、とんでもない悪法を作ってしまった例であるが、その反対に重大問題をいたずらに放置してきた例がある。それは外国人による、日本の土地の買収問題である。この問題はかなり以前から問題視していた人々がいた。平野秀樹・安田喜憲共著の『奪われる日本の森』(2012年9月、新潮社)によると、文明史学者・安田氏が最初に警告を発したのが、2008年夏であるという。北京オリンピック当時で、十二年も前のことである。宮本雅史氏は産経新聞によって、連続的に記事を書いており、著書も出していた。
つまりこの問題はかなり以前から認識されていたのだが、それを規制する法律はまるでできなかった。平野氏の近著『日本はすでに侵略されている』(2019年11月、新潮新書)によると、この10年以上の間、国会で委員会が作られるが、有名無実化してしまうのだという。2013年ころ、「安全保障と土地制度に関する特命委員会」が、自民党政調会長の主導のもとにつくられたが機能せず、17年に再興されたが、また同じ状態に陥ったという。つまり安倍政権は、外国人の土地買収という重大問題を、結果的にまったく放置していたわけである。
外国人による土地買収に対処しなかった、「保守政党」自民党の堕落ぶりにもあきれ果てるが、そこには公明党との連立政権であるという要素も絡んでいた。現に「公明党など与党内に慎重論」があったという。(平野近著、32頁)
憲法に完全に違反し、日本人を徹底して差別する法律、ヘイトスピーチ解消法も、自民・公明の共同提案であったことに注目すべきだろう。
すなわち安倍政権失政の根本原因は、自民公明の連立政権であることにある。特に土地問題に直接関係する、国土交通大臣を公明党が独占し続けていることである。十年以前の一時期、公明党が国土交通大臣になっていた時はあるが、2012年末からの第二次安倍政権において、国土交通大臣は一貫して公明党が独占してきた。その面々は、太田昭宏・石井啓一・赤羽一喜であり、赤羽は今回の菅内閣でも留任した。
国土交通大臣という重要閣僚を、連立政党とはいえ長期にわたって独占し続けることは、まことに異常である。国土交通省は国土と交通のみならず、観光庁や海上保安庁も管轄下にある。特に海上保安庁は重要で、中国の海上侵略に対しているのは、日本の場合海上自衛隊でなく、海上保安庁なのである。危険極まりないと言わざるをえない。
安倍首相の辞任に伴う政権交代で、キングメーカーとなったのは、二階幹事長であった。この幹事長も長期にわたって居座っている。幹事長と公明党、さらには経済界の結託によって、習近平国賓来日という、異常な計画が推進されたものであろう。菅首相は、この国内媚中派と、中国との対決を明確に打ち出したアメリカとの間で、いかなる舵取が出来るのだろうか。
← 酒井信彦 著『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』(日新報道 2013/08出版)
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