『月刊日本』2021年5月号 酒井信彦の偽善主義を斬る 2021年4月22日
菅首相が環境問題で、2050年までに二酸化炭素を実質的にゼロにするとの公約を宣言した。これは以前から大流行している、地球温暖化を糾弾するムーブメントに便乗したものであるが、それに対して疑問視する見解も目立つようになってきた。その意見を積極的に主張している人物として杉山大志氏がいる。同氏はキャノングローバル戦略研究所の主幹で、環境問題の専門家である。氏が気候問題、温暖化問題の隠された背景を、かなり率直に説明した文章として、2月22日の産経新聞の「正論」欄があるので、その要点を紹介しよう。タイトルは「気候危機はリベラルのフェイク」とある。
冒頭で「台風等の災害のたびに温暖化のせいで激甚化と騒ぐ記事が溢れるが、悉くフェイクである。温暖化云々以前に、そもそも激甚化自体がなかったことは公開の統計で確認できる。(中略)ではなぜフェイクが蔓延したか。政府機関、国際機関、NGO、メディアが不都合なデータを無視し、プロパガンダを繰り返し、利権を伸長した結果だ」と、危機は捏造されたものだと断定する。
次いで「CO2をゼロにするという急進的な環境運動は今や宗教となり、リベラルのアジェンダ(議題)に加わった。人種差別撤廃、貧困撲滅、LGBT・マイノリティーの擁護等に伍して、新たなポリティカル・コレクトネスになった。CO2ゼロに少しでも疑義を挟むと、温暖化『否定論者』というレッテルを貼られ、激しく攻撃される。この否定論者(デナイアー)という単語は、ホロコースト否定論者を想起させるため、英語圏では極悪人の響きがある」と現在世界的に流行している、リベラル派のポリティカル・コレクトネスの運動では、否定論はかなり悪質と認識されていると説明する。
その際、「日本のNHK、英国のBBC、ドイツの公共放送、米国のCNN等の世界の主要メディア、そしてフェイスブック等の大手SNSもこの環境運動の手に落ちた」と、とりわけ新旧メディアの影響力に注目している。
そして「温暖化物語はさらに続き、『規制や税でCO2を削減すべきで、大きな政府と国連への権力移譲が必要だ』とする。これもリベラルの世界観にピッタリだ。国際環境NGO等は資本主義を嫌い、自由諸国の企業や政府に強烈な圧力をかける。その一方で、国家権力による経済統制を好み、中国政府の温暖化対策を礼賛し、中国企業は攻撃の標的にしない」と解説していることは、極めて説得的である。つまり共産主義に失敗した人間が、乗り換えたのが、似非リベラルの環境運動であって、環境問題を資本主義の失敗とだけ説明し、最大の二酸化炭素排出国である、中国を攻撃しないのである。この構図は、コロナ問題で、その発生源というより、意図的にばら撒いた張本人の中国をちっとも批判しないのとそっくりである。
ところで3月3日の朝日新聞の「多事奏論」欄に原真人・編集委員による、「グリーンバブルと日本 脱炭素目標の残念な現実」と題する一文が表れた。これは朝日の環境問題に関する社論と異なるものであった。原氏は、杉山氏の説に賛成で、12年前の国連気候変動サミットの際にも、論説委員として社論と異なる意見を述べたという。あの朝日新聞においてさえ、原氏のような意見が存在することは、極めて重要であろう。
原氏の意見のポイントは、「このところの脱炭素の潮流はどうも科学論争の域を超え、経済覇権戦争へと変容してしまったようだ。化石燃料から自然エネルギーへ、ガソリン車から電気自動車へ。このゲームチェンジにどの国がいち早く対応できるかという陣取りゲームである」とし、また「問題にかかわる政府関係者は、『これは日本にとってかなり不利な戦いだ』と身構える」、「ある官僚は『いまは、まるで日本がエネルギー安全保障をめぐって封じ込められた太平洋戦争の開戦前夜のよう』と語る」と説明している。
さらに3月31日の産経新聞、オピニオン欄の長辻象平記者による「『気候危機』の素顔 あおられると日本は沈む」では、同記者は次のように指摘する。「CO2で火花を散らす経済戦争が始まっているにもかかわらず、その緊張感を欠いたまま気候サミットに出席しようとしているのが今の日本の姿なのだ」。「日本が米欧などからの称賛を得るために無理な削減目標値を表明すれば、日本は国際社会の餌食になる。狼の焼肉パーティーに子羊が出掛けていくのと変わらない。」
菅首相による2050年CO2実質ゼロ公約は、同首相による大失策と言わなければならない。政治的安保のみならず、経済安保においても、日本は確実に滅びの道をあゆんでいるのである。
← 酒井信彦 著『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』(日新報道 2013/08出版)
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