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未だ独立ならず

『月刊日本』2009年3月号 羅針盤

 上野の東京国立博物館で、同博物館・慶應義塾大学・フジサンケイグループの主催による、「未来をひらく福沢諭吉展」が開催されている。この展覧会は、慶應大学の淵源である慶應義塾が創設された安政五年(一八五八)から、昨年で一五〇年になることを記念して、開かれているものであるが、主催者にフジサンケイグループが入っているのは、福沢の起こした時事新報を産経新聞社が引き継いでいるからのようである。
 私も過日一見してみたが、最も印象に残ったのは、やはり例の「独立自尊」という四文字熟語である。この言葉は諭吉のものとして極めて有名であるが、本格的に展開されたのは没年の一年前、明治三十三年の「修身要領」においてであるから、諭吉としては最末期の考え方ということになる。この要領は、全二十九条に及ぶかなり長文のものであるが、独立自尊を基本理念としてまとめられている。ただしすでに明治三年の「中津留別之書」には、これも有名な「一身独立して一家独立し、一家独立して一国独立し、一国独立して天下も独立すべし」との文言があるから、「独立」こそ、福沢諭吉の思想を貫く根本概念であると考えて良いだろう。私が「独立自尊」に心を惹かれたのは、これこそ今の日本人が最も喪失してしまった精神、現在最も必要な精神だと思うからである。すなわち独立意識であり、自尊心である。

 福沢展の開催は、慶應義塾の創立一五〇年を記念してであったが、実はこの年安政五年には、日本の運命に比較にならないほど重大な影響を与えた歴史的事実があったことは、昨年殆どまともに回顧されなかった。それはアメリカを始めとして、オランダ・ロシア・イギリス・フランスの国々と行われた、修好通商条約の調印である。開国というと、ペリー来航の翌年嘉永七年(一八五四)に結ばれた和親条約を思い浮かべるかもしれないが、これは極めて限定的なものであって、真の開国は修好通商条約によってからである。それによって横浜・神戸なども開港して海外貿易が始まり、外国人も大量に渡来するようになったのである。そしてこの条約を朝廷が承認するかいなかの勅許問題から、尊王攘夷運動が発展し、さらに倒幕運動に及んで明治維新に至った。修好通商条約から明治維新まで、この間わずかにちょうど十年であり、真の激動期であった。
 さらに問題はこの修好通商条約(安政五カ国条約)の中身だった。それはいわゆる不平等条約であったのである。不平等条約のポイントはというと、治外法権と関税自主権の欠如の二つである。治外法権とは領事裁判権とも言うように、外国人が犯罪を犯した場合、その国の領事に裁判権があり日本にはない。関税自主権の欠如とは、関税を日本自身で決定できず、相手と相談して決めなければ成らない。不平等条約のままでは、本当の主権国家とは言えないのである。したがってこの不平等条約の改正が、明治国家の外交の最大目標になった。しかしいったん締結した条約は容易に変えてくれない。治外法権が撤廃されたのは、明治三十二年(一八九九)、関税自主権の確立に至っては、明治四十四年(一九一一)である。すなわち不平等条約の改正には、明治時代いっぱい掛かったのである。強大な脅威であった清国およびロシアとの、日清戦争・日露戦争を戦い抜き、小なりといえども列強の仲間入りを果たして、ようやく列強から対等と認められたのである。当時の人々は、独立を守るために、不平等条約を改正するために、懸命な努力を重ねたのだ。
 しかし今の日本人は、先人の苦労をまともに回顧しようとしない。慶應創立一五〇年は回顧するが、不平等条約一五〇年には全く考えが及ばないのである。江戸東京博物館で、「ペリー&ハリス」展というのは在ったが、私の知る限りにおいて、昨年、不平等条約一五〇年をまともに取り上げた言論を、殆ど目にしたことはなかった。そもそも福沢諭吉の思想の根本は、独立なのである。したがって福沢諭吉の思想を盛んに顕彰していても、その本質は日本の歴史と結び付けて理解されておらず、結局空念仏に終始してしまうだろう。その中にあって、両者を明確に結びつけた唯一の例外といえるのが、慶應義塾一五〇年記念式典での、天皇陛下のお言葉であり、慶應創立の年が安政条約調印の年であることを、的確に言及されている。(産経新聞、平成二〇年一一月九日)
 現在の日本は真の独立国、本当の主権国家とはとても言えない状態にある。かつてブレジンスキーは、日本はアメリカの保護国だと言ったらしいが、実態はさらにそれ以下ではないのか。つまり保護国というよりも植民地である。敗戦後六十年(これは明治と大正を合わせた年数)以上も経つのに、日米安保条約によってアメリカ軍が駐留し続けている。端的に言って軍事的植民地である。経済的にもバブルの膨張と破裂を仕組まれて、第二の経済大国とは言うものの、現実は二流以下に転落している。そして何よりも精神の植民地に成り果てているのが、最大の問題であろう。精神が植民地化されているから、あらゆる意味で植民地状態に陥っている現実さえ、その実態を明確に認識できないのである。
 一世紀以前、福沢諭吉は朝鮮の自立を願い、金玉均など独立派を援助したが、結局絶望して「脱亜入欧」に至ったとされる。しかし現在の日本は、自立意識・独立意識において、当時の朝鮮よりさらに劣るのではないのか。朝鮮については、中華帝国に従属し続けた、例の事大主義が批判的に語られるが、現在の日本も極めて強固な事大主義に取り付かれているではないか。アメリカに頼りきって、日米安保があれば大丈夫だとの考え方こそ、大に事(つかえ)る事しか思い付かない、この上ない事大主義そのものである。日本人は、明治維新によって、欧米勢力による植民地化を免れたことを自慢にしているが、それはあくまでも過去の栄光であって、現実には植民地状態に陥っており、それすらも自覚できないのでは、これは悲劇を通り越した喜劇である。

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