- 2010年4月23日 17:50
- 月刊日本 羅針盤
『月刊日本』2010年5月号 羅針盤 2010年4月22日
私は本欄で、鳩山民主党政権については、「国家戦略局」について一言嫌味を言ったくらい（昨年十月号）で、殆ど採り上げてこなかった。次から次へと余りにも問題が続出するので、言及する気にならなかったというのが正直なところである。しかし最近では、鳩山内閣の五月終焉説もささやかれているので、この政権の白痴的と言うしかない本質を、解明しておきたい。
鳩山政権の政策の中でも、特に問題の多い法案とされていた二つの法案、子ども手当て法案と高校無償化法案が、前者が三月二十六日に後者が三月三十一日に相次いですんなりと成立した。この事実にも、野党になった自民党の無能振り凋落振りが、如実に現れていると言える。本稿では、高校無償化法案と鳩山首相の政治理念との関係を、検討してみることにしよう。
鳩山首相の政治理念を知る素材は、何と言っても一月二十九日に行われた、国会の施政方針演説である。この演説の冒頭で、首相は、「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと願うのです」と絶叫したらしい。約50分間の演説の中で、朝日新聞の計算によると、いのちと言う言葉が24回出てくるそうだから、約二分間に一回と言うことになる。そして「むすび」の部分の最初には、「いのちを守りたい。私の友愛政治の中核をなす理念として、政権を担ってから、かたときも忘れることなく思い、ますます強くしている決意です」と言っている。つまり「命を守る」が、鳩山首相の政治理念であることは、全く疑問の余地が無い。当たり前すぎて、理念と言うには余りにもお粗末だが、「友愛」よりは遥かに具体的で分かりやすい。
ところで四月一日の産経新聞には、高校授業料を無償化するための、財源に関する記事が掲載されている。それによると、「新年度の無償化の財源は学校の校舎への耐震化や老朽化対策予算から捻出された」と言うのである。また「平成22年度中に全国の自治体が着工予定だった２８００棟に相当する国の予算が削減された」、「校舎の老朽化は深刻な状況で、21年4月現在で全国の小中学校の49・8％が築30年以上の建物で、その比率は急速に伸びている」とある。
すなわち鳩山首相は、高校無償化の財源とするために、校舎の耐震化や老朽化対策の予算を巻き上げたのである。明らかに命を守ろうとしていない。実は施政方針演説のむすびの部分では、15年前の阪神・淡路大震災について、16歳の息子を瓦礫の下から救い出せなかった父親の事例を採り上げて、「息子さんが目の前で息絶えていくのを、ただ見ていることしかできない無念さや悲しみ。人の親なら、いや人間なら、誰でも分かります」と言っている。そして「人のいのちを守る政治、この理念を実行に移すときです」と、大見得を切っているのである。
東海大地震や首都圏直下型の大地震が、何時起こってもおかしくないとされる現在、必要なのは無償化よりも耐震化・老朽化対策であることは、誰の目にも明らかである。また民主党政治のキャッチ・フレーズとして、「コンクリートから人へ」という、グロテスクなまでに非論理的な言い回しが使われた。しかし最近公表されたことによると、東京湾を巨大台風が直撃したら、高潮による被害で最大７６００人の死者が予想されるという。命を守るためにはコンクリートが必要なことは、幼稚園児でも理解できる。この政治スローガンは、余りにもふざけているし、国民を愚弄している。
鳩山首相は例の施政方針演説の中で、ガンジーの慰霊碑の銘文にある、「七つの社会的大罪」、すなわち理念なき政治・労働なき富・良心なき快楽・人格なき教育・道徳なき商業・人間性なき科学・犠牲なき宗教を挙げて、「まさに、今の日本と世界が抱える諸問題を、鋭く言い当てているのではないでしょうか」と言っている。しかしこれらの社会的大罪が当てはまるのは、鳩山首相自身である。後の五つはともかく、最初の二つの大罪が、鳩山首相ほど該当する人間は、日本人の中には絶対にいない。
よく指摘されるのは労働なき富のほうだが、理念なき政治のほうが遥かに重要である。実は、鳩山首相の政治には、先に見たように「命を守る」という理念があることはある。つまり正確な意味においては、「理念なき政治」ではない。しかし根本的な問題は、政治理念を掲げながら、自分自身でそれを無茶苦茶に踏みにじっていることである。命を守ると言いながら、学校の耐震化予算を削り、自殺者を生み出しているデフレ不況を放置している。鳩山政権の予算は、明らかに命を守らない予算である。言っていることとやっていることが、全く逆である。理念なき政治が社会的大罪であるなら、「理念を踏みにじる政治」はそれより更に悪い社会的超大罪であり、鳩山首相は超越的な社会的大犯罪者である。
しかも首相自身が、そのことに全く気が付いていない。だからこそ何が起こっても、鳩が豆鉄砲を食らったように、キョトンとしていられるのだろう。その驚くべき鈍感さこそ、首相の最大の特徴であり最大の武器であるが、それは日本国民にとって、最大の不幸であり最大の災厄である。
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