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大震災報道で再確認したマスコミの異常・腐敗

  • Posted by: 中の人
  • 2011年3月28日 02:07
  • 時評
110328.jpg 東日本大震災の発生から二週間が経過して、発生直後の大混乱状況から少しは落ち着いてきたようであるが、反対に日本が抱える問題の深刻さも、一層明らかになったと言えるだろう。それには数々の多様な問題があるが、マスコミの異常さ、腐敗堕落振りも、ある程度予想されたことではあるが、一つの顕著な事例になっていると言える。

 地震発生以来、新聞・テレビなどには、極めて大量な震災報道が溢れている。その二大テーマは、津波被害と原発事故であるが、そもそもこれほど大量の報道が必要であるとは、私には思われない。すでに多くの人間が犠牲になった津波被害はともかく、幾ら深刻な問題だといっても、まだまだ不確定要素が多い原発事故については、特にそうである。新聞では大量の記事が、テレビでは長時間の番組が、原発事故に関する情報を、実に細かく報道しているのであるが、その多くは同一事項の繰り返しであって、無駄に紙面や電波を浪費していると言わざるを得ない。
 原発事故については、情報はできるだけ公開されるべきだと、言われるのが常であるが、あまり大量に提供されても、受け手としては消化不良を起こしてしまう。本当に大事な情報が、キチンと整理されて提供されることが大事なのであって、集中豪雨的に大量情報が一方的に提供されるのは、却って有害であろう。更に言えば、必ずしも本当のことがすべて報道されなくても良いとすら言える。少なくとも私は、原発事故に関する新聞の大量記事を、いちい読む気にはならない。
 そのような偏った報道をすることによって、その半面でとりあげられず、無視されてしまう貴重な情報が、かなりあるのではないのか。それは国内的にも、国際的にも存在するであろう。そもそも地震による津波被害についても、茨城県や千葉県の実態は、その深刻さに比べて、報道されることが少ないようである。
 そのように実質的に無内容な、集中豪雨的な報道をマスコミが行ってしまうのは、結局のところ、そうするのが一番楽だからであろう。要するに安直な番組作りに走ってしまっているのである。これは、昨年だったか、酒井法子の覚せい剤事件に関する報道と、実によく似ている。大変だ大変だと大報道をしているが、それは単に面白がって空騒ぎをしているだけなのである。津波被害や原発事故と言う、最高度の深刻な問題の報道にも、マスコミの堕落体質は、見事に露呈してしまうのである。
 更に今度の大震災報道に関連して、とくに異常さを感じたのは、テレビの放送のあり方である。テレビ放送は、地震発生直後は一般番組のみならず、コマーシャルまですべてを削除して震災報道を行っていた。それが一週間ほど経過した頃から、一般番組も放送するようになった。そこでは従来のお笑いタレントを多用した軽薄番組や、愚劣なグルメ番組も復活してしまったのだが、殆ど復活していないものがある。それは普通のテレビコマーシャルである。
 私にはテレビで、普通のコマーシャルが出てこずに、例の公共広告機(AC)のコマーシルばかり流されなければならない、その理由が分からないが、仮に正当な理由があったとしても、現状は余りにも異常である。同一のコマーシャルが、これでもかこれでもかと、執拗に繰り返して流されているが、これは明らかに一種の精神的な拷問あり、多大な嫌悪感すら感じてしまう。こんな有様がもう何日も続いているが、一向に改善されない状況を見ていると、日本人の精神の劣化を、まざまざと認識することができる。

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