- 2010年6月26日 10:53
- 月刊日本 羅針盤
『月刊日本』2010年6月号 羅針盤 2010年6月22日
五月二十四日、東京地裁で、以前に中共の黒龍江省チチハル市で起きた、日本が遺棄したとされる「毒ガス」兵器による、死傷事件に関する判決があった。この事件は二〇〇三年八月に発生し、一人が死亡し四十三人が重軽傷を負ったもので、その後〇七年に至って、負傷者全員と遺族一人が、毒ガスを放置し、被害発生を防ぐ義務を怠ったとして、日本政府を相手に、損害賠償を求めて訴訟を起こした。今回の判決で山田俊雄裁判長は、「日本政府の法的責任は認められない」として、原告側から出されていた、総額十四億三千四百万円の損害賠償請求を棄却した。原告は判決に不満で、控訴するという。
この裁判を報じた五月二十五日の新聞記事で、産経には書いてあるが朝日には出ていない重要な事実がある。それはこの事件が起きた直後に、日本政府は被害者に対して、すでに金銭的に補償を行っていることである。産経ではそれを、「日本は03年、中国に『遺棄化学兵器処理事業にかかる費用』の名目で3億円を支払い、中国側はこの中から被害者1人当たり550万円を配分している」と書いている。五百五十万円と言えば、中共ではまだまだ驚くほどの大金だと思われるが、それでは満足せずに、日本からならもっともっと取れるだろうと、訴訟を起こしたわけである。今回の要求額は、一人約三千万円になるらしい。
朝日新聞は例によって、この訴訟を全面的に応援しており、判決前日の二十三日の夕刊では、原告の一人である馮佳縁という十七歳の少女を採り上げ、詳しく紹介して判決を盛り上げている。それによると、「毒ガス」被害の後遺症のために、体力も落ちたし学業成績も悪くなったそうで、「日本の化学兵器のせいだと知った時、激しい怒りと恨みを感じた」と発言させている。
ところで中共における遺棄兵器による被害者は、日本の遺棄兵器だけが原因ではない。その実態はなかなか分かりにくいが、一つの具体的な事例が、かなり以前朝日系メディアで報道されたことがあるので、以下に紹介しておきたい。それは朝日新聞社の週刊誌『アエラ』二〇〇一年三月二十六日号に掲載された、清水勝彦記者による、「地雷に苦しむ少数民族 中越戦争の後遺症残る国境」と題する記事である。これは地雷問題に取り組んでいる、日本の「難民を助ける会」による現地調査の報告に基づくもので、清水記者自身が現地で取材したものではないようだ。
一九七九年の中越戦争の際に、二千キロに及ぶ中越国境の中共側に、二百二十万個の地雷が埋められた。これは中共がベトナムからの反攻・進撃を恐れたためである。清水記者の記述によると、「中国の地雷被害は秘密のベールに包まれ、これまでまったく表に出ていなかった」。「難民の会」による現地調査は、菊池康子という人が、この年の「二月四日から十五日まで、雲南省と広西(クワンシー)チワン族自治区にまたがる国境地域の計五ケ所を回り」「被害者三十人にインタビューできた」という。
その中の一つ、雲南省の麻栗坡(マリポ)県で、菊池さんは被害者である、十六歳の義足を着けた少年や、三十四歳の女性に面会しているが、二人とも「少数民族」であるミャオ(苗)族である。それは麻栗坡の所在地が、「雲南省文川チワン族ミャオ族自治州」であるからに他ならない。調査した中ではこの文川自治州の被害が最もひどく、地雷による死者は千四百九十九人、負傷者は三千八百十一人に上る。また、「雲南省で調査できたのは国境線の約三分の一に過ぎず、省全体の被害総数はかなり上回るはずだ」とある。
実はこの麻栗坡には、朝日新聞の鈴木暁彦記者が、前年二〇〇〇年に外国人記者として初めて、実際に訪れていて、四月十五日の朝日新聞に、その報告「中国・雲南省の辺境、麻栗坡を行く」が掲載されている。この記事の内容は、中越戦争以来約二十年経って、ようやく国境をはさんだ貿易が盛んになってきた事を紹介したもので、「かつて戦場だったことが信じられないほどのどかな国境だ」と言っている。
また地雷の問題にも言及して、「麻栗坡は最近まで名だたる地雷原だった」「人民解放軍は九二年から二次に分けた作業で地雷約二百二十万発を取り除き、昨年八月、『除去終了』を宣言した」と述べている。この点は清水記者の記事では、「解放軍報」の情報から、七年をかけて地雷を撤去し、九九年の八月九日に「安全宣言」を出したとあって、大体一致しているが、こちらの方には、撤去が困難な数十平方キロは永久封鎖したとあるから、実際には地雷の撤去がいかに難しいか分かる。
そして、鈴木記者の記事と清水記者の記事が最も異なるのは、鈴木記者は地雷による住民の被害について、全く言及していない点である。現地を直接訪れたのであるから、地雷による悲惨な被害を知らなかったとは、とても考えられない。また、地雷が完全に撤去されたような書き方をしているが、これについても清水記者は疑問を呈している。中共に遠慮して朝日新聞本紙で書けないことを、清水記者が『アエラ』で採り上げる例は、チベット関係など、この外にも幾つか目にした記憶がある。要するに、朝日のアリバイ作りなのであろう。
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