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核兵器廃絶運動は絶対に無くならない

  • Posted by: 中の人
  • 2010年8月10日 23:18
  • 時評

100810.jpg 毎年八月初旬となると、広島・長崎への原爆投下が話題になる。とくに今年はアメリカ大使が、記念式典に始めて参加したこともあって、朝日新聞などは熱心な報道をしている。その主張するところは、要するに核兵器の廃絶であるが、私は人類が核兵器を廃絶できるとは、到底思えない。歴史は元には絶対にもどらないのであって、一旦手に入れてしまったものを、この世から失くすことはできないのである。
 よく言われるのは、人間が作り出したものだから、人間が廃絶できないわけが無い、との台詞であるが、これくらい人間の傲慢さを、端的に表している言葉もないだろう。こうゆう事を安直に言える人は、核兵器を単なる物とだけ捉えて、電化製品の廃品のように処分すれば良いと考えているようだ。しかし物、物体としての核兵器を無くすことができたとしても、問題は核兵器を作り出す知識と技術なのである。この形の無いものは、無くすことはできない。もし無くすとしたら、その知識を持っている人間を、皆殺してしまわなければならないが、そんなことはできないだろう。また今後、世界はエネルギー不足のために、原子力発電所が爆発的に増加することが確実であるが、そうなれば核分裂に詳しい技術者が大量に生み出され、その人たちの中には、私的に原爆製造に乗り出す人が出てくるかもしれない。

 このような人類の宿命は、最近急に始まったのではなく、遥かな昔から運命付けられていたものなのである。燃料を空気中で燃やしたのが第一の火であり、電気エネルギーが第二の火であるのに対して、原子力のことを第三の火という。第一の火は、近代では石炭や石油が主要な燃料であるが、古くからは木材であった。人間と類人猿とを区分した目安は三つあり、言語の獲得、道具の使用と、火の使用である。人類は火の使用を始めたときから、他の動物と全く異なった道を歩み始めたのであって、その時から現在の状況は運命付けられていたのであり、いまさらジタバタしても始まらないのである。核兵器は絶対に無くならないが、それを理解できない人々も存在し続けるであろうから、核兵器廃絶運動も絶対に無くならないだろう。
 ところで今年の1月4日に、山口彊(やまぐちつとむ)という人物が亡くなって話題となった。話題となったのは、この人物が広島と長崎の原爆の、両方の被爆者だからである。
当時、長崎の三菱造船所に勤務していたが、広島に出張して被爆し、長崎に戻って被爆したのである。マスコミはこの人物を、原爆の悲惨さを示す見本として取り上げるが、私には、原爆に対する人間の逞しさの見本であるとしか考えられない。それは広島と長崎で二回も被爆したのに、被爆後65年も生き延びて、93歳で亡くなったからである。その時の状況とか、その人の体力にもよるのだろうが、人間は意外にしぶとい生き物なのである。
 したがって、核兵器の爆発によって地球が滅亡するようなことが良く言われるが、あまりにも大げさであろう。この点については、今年3月5日の朝日新聞の記事が参考になる。最近の研究で決着した恐竜の絶滅した原因は、小惑星の衝突であって、それは約6550万年前に起きた。直径15キロの小惑星は、ユカタン半島に衝突したが、その衝突時のエネルギーは、広島型原爆の10億倍で、生物の約6割が絶滅した。つまり広島の原爆の10億倍のエネルギーの放出でも、生物の4割は生き延びたのである。
 そもそも原爆だけを取り上げて、その悲劇性を強調するのは正しくない。原爆といえども空襲の一種であり、悲惨という点なら一般の空襲と全く異ならない。原爆は一度に犠牲者が沢山出ると言うなら、3月10日の東京大空襲では、10万人が殺されている。どうせやるなら、すべての兵器の廃絶運動をやったらどうなのか。

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