- 2011年8月20日 14:15
- 時評
ところで、その後の情報から言って、この大事件の犯人は単独犯であったが、私が最も注目したいのは、犯人アンネシュ・ブレイビクの供述の中に、日本への言及があったことである。それは日本や韓国が、外国人の流入が少ない理想的国家であると述べたことである。そのためか、犯人は当人への精神鑑定人として、日本人を指名したいと言っているらしい。しかし犯人の見解は、韓国についてはともかく我が日本に対しては、完全なる誤解であると言わなければならない。
日本においては、外国人の流入はヨーロッパほどではないかもしれないが、国家意識・民族意識の面において、極めて劣化した国になってしまっているのである。それは例の、「単一民族国家」なるものを巡る、愚劣極まる議論を考えればすぐに分かる。我が国では、「日本は単一民族国家である」と主張すると、排外主義者として猛烈な批難を受けるのである。確か中曽根元首相もそうであったし、近年では中山国土交通大臣が就任会見で述べて、たちまちにして首が飛んだ。
しかし、単一民族国家とは「多民族国家」と比較して用いられる対概念であるから、多少でも外国人がいたら単一民族国家ではないと言うのは、全く非論理的で不当な主張であると言わざるをえない。日本のような国を単一民族国家と言わなければ、一体どこの国が単一民族国家になるのか。しかし今の日本では、まるで暴力団の言いがかりのような、この異常極まる解釈が堂々と罷り通り、当然の常識は全く通用しないのである。つまり日本の現実は、実態的には単一民族国家であるにも拘わらず、精神のレベルにおいては、完全に多民族国家になってしまっているのである。この日本の悲惨な真実の姿を、ノルウェーのテロ犯人は全く知らない。日本をまともな国だと、甚だしく誤解しているのである。
この日本に比較すれば、ヨーロッパのほうが遥かにまともである。別に今回のテロ事件を擁護するつもりは全くないが、ヨーロッパにはいわゆる「極右政党」が結構存在して、それなりの支持を受けている。更に今回の事件に対する反応として注目されるのは、イギリス・ドイツ・フランスなど、ヨーロッパの主要国の首脳が揃って、単純にテロを批難するのではなく、「多文化主義の失敗」に言及したことである。多文化主義とは、我が国の流行の言葉で言えば「共生」主義と言えるだろう。それに対してトップの人間から疑問が提示されたことは、限りなく重要である。
一方我が日本では、日本人の対外警戒心を完璧に喪失した精神状況を利用して、日本の実態的多民族化、すなわち人口侵略を画策しているのが、シナ人・朝鮮人であることは言うまでもない。特定の民族が特定国を標的としているのは、ヨーロッパの移民問題とは完全に次元が異なる、遥かに深刻な状況である。しかし日本人はそれに対して、全く鈍感のままである。日本はその滅亡に向かって、極めて順調に歩んでいると言わざるをえない。
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