- 2013年5月 1日 21:38
- 時評
『月刊日本』2013年5月号 羅針盤 2013年4月22日
『「反日」中国の真実』という本がある。講談社現代新書の一冊で、三月二十日付の発行。著者は読売新聞の中国総局長である加藤隆則記者で、なかなか興味深い内容が盛り込まれている。本書の特色は、発行が新しいこともあって、昨年の尖閣問題をめぐる、虐日国家テロがしっかりと取り上げられていることである。また中共側の各種の人物に直接インタビューした結果も盛り込まれていることも注目できる。
ただし本書では、後半になるにつれて、加藤記者の中共に対する基本的な精神的隷属性が、次第に明瞭に表れてくる。その代表的な事例を紹介しよう。第八章の終わりに近い部分で、孫文に援助を与えた梅谷庄吉を取り上げ、次いで有名な孫文の大アジア主義の演説に及び、以下のように述べる。(二一七~二一八頁)
「孫文は死の前年、一九二四年十一月二十八日、神戸高等女学校で『大アジア主義』と題する講演を残した。孫文が日本人に残した遺言と言ってよい。『あなた方日本民族は、すでに欧米の覇道文化を受け継いでいると同時に、アジアの王道文化の本質も持っている。今後、世界の文化の前途に対し、結局のところ西洋覇道の手先となるのか、または、東洋王道の守兵となるのか、それはあなた方日本国民が慎重に考え、選択することだ』(中略)気になる場面に出くわしたことがある。二〇一一年夏、北京で行われた日中フォーラムで、日本の政治家が孫文の大アジア主義演説を持ち出し、中国の軍事大国化に対し『王道か覇道か』とクギを刺した。九十年前、日本に突き付けられ、日本が繰り返し自問しなければならない問いかけを、相手に突き返すような物言いは、到底受け入れられない。歴史をわきまえない不見識な発言である。」
このような加藤記者の断定は、私には到底受け入れられない。この発言をした日本の政治家が誰だか知らないが、日本にもまともな政治家がわずかでも存在していることに、私は極めて深い感動を覚える。すなわちこの政治家の見解が全く正しくて、加藤記者の歴史認識の方が完全に間違っているのである。
中華人民共和国は、そもそも侵略国家として成立した。その根本的な侵略国家が、世界第二位の経済大国となり、世界第二位の軍事国家となって、ますます膨張政策を展開している。これこそ侵略主義、すなわち覇道そのものではないか。九十年前と異なって、現在はシナ人が完璧な侵略者であるのだから、日本人は過去について自問すればするほど、シナ人の覇権主義を糾弾しなければならないはずである。
加藤記者は先の文章に続いて次のように言う。「王道、覇道の概念は、中国が国家にも道徳性や倫理性を求める外交思想を物語るが、現在の中国は、国家主権や国益を全面に押し出した外交を展開しており、イデオロギーや道徳論はむしろ脇に置かれている。そもそも国際法にのっとった外交政策を進めている日本が、過去の中国にならって道徳論を振りかざすことにこそ違和感がある。」
この解説も明らかな間違いである。「イデオロギーや道徳論は脇に置かれている」とするが、そんなことは全くない。共産主義イデオロギーに代わって、中華民族主義のイデオロギーを展開し、習近平はことあるごとに「中華民族の偉大な復興」を絶叫している。尖閣問題では 日本は尖閣を盗んだと決めつけ、その行為は第二次大戦後の国際秩序を破壊するものだと強弁している。これこそ異常に歪曲した道徳論以外の何物でもない。しかし加藤記者は、この単純明快な現実を少しも直視しない。
しかもシナ人による凄まじい覇道、侵略主義の最大の標的は、我が日本国に他ならない。シナ人の日本侵略を跳ね返すための最良の方策こそ、シナ人による現実の侵略犯罪を告発・糾弾することである。シナ人から歴史問題を利用して、さんざん迫害されてきた日本人こそ、それを行う資格と権利がある。世界歴史の進歩の原則である、民主化と民族独立の正統なる道徳論を、正面切ってシナ人に突き付ければよいのである。
本書にはそのほかにも、「フラストレーションをはき出すだけの、『反中』言論は、かつて戦争で歩んできた道の繰り返しであり、国民を自殺行為に導く」(二五四頁)と言った、日本人に対する悪意と偏見に満ちた記述が、いくつも散見される。根本的に隷中体質の朝日新聞に比べれば、少しはマシだと思われる読売新聞だが、その「中国総局長」の頭脳が、かくも悲惨な状況であるのは、まことに憂慮すべき事態である。
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